中華の夏が来てる








「仲達…暑い…」

「夏ですからな」
とある真夏の日のことである。
訴えるような主の呟きに、司馬懿は適当に返事をした。
暑さの所為で働かない曹丕の代わりに側近は忙しいのである。
大体曹丕は毎年この時期になると、あついあついと言っては働こうとしない。
恒例行事のようなものだ。

「お前は人間ではないから暑くないのかもしれぬが私は人間なので暑いのだ…」

「心外ですね、人外だろうが暑いものは暑いですよ」

普段ならここで人外なのは認めるのだな、とかつっこみが入るのだが今日はそれもない。
本当に辛いようだ。
せめて風でもあれば違うだろうと、ささやかながら羽扇で煽いでいると、不意に曹丕が机に突っ伏していた体を起こして司馬懿に告げた。

「…限界だ…仲達、あれを出せ」

「あれ…でございますか、準備が大変なんですけど、あれ」

曹丕の命令を的確に理解した司馬懿だが、従うことをほんの少し渋る。
そんな側近に苛立ったように曹丕は端的に通告した。

「つべこべ言わず、早く出せ」

「…御意に」

司馬懿ももう反論はしなかった。



ばしゃんと水が跳ねる。
飛沫となって宙を舞うそれが日射しを反射してきらきらと光る。
いかにも涼しげな光景である。
中庭に出されたお子様用ビニールプールは非常に夏らしい。
曹丕には些か小さいそれだが、パラソルを差し長い足を投げ出し、手には水鉄砲を持って満喫している様子を見ると、そんなことはどうでもいいらしい。

「やはり夏はこれだな」

「然様でございますか」

先程とはうってかわって機嫌の良い曹丕が満足そうに言う。
しかし司馬懿は逆にテンションが低いままで答える。
曹丕直々の命令で、士大夫がやるには色々おかしい作業をやらされた為である。
ビニールプールに空気を入れ、水を張るというだけの仕事だが、炎天下では拷問と変わらず文官の司馬懿は疲れきっていた。

(全く…このようなことは下男にでもやらせればよいのに)

しかし曹丕は必ず司馬懿にやらせる。
もう嫌がらせとしか思えない。

(大体外で肌を晒すなど…誰かに見られたらどうするのだ!?)

滅多に日に当たらない曹丕の白い肌は水に濡れて艶めかしい。
一人では誰かに襲われかねないと無用な心配をする司馬懿である。
疚しい心があるのか、盗み見るようにちらりと曹丕を見る。
角度によっては全裸に見えないこともなく、司馬懿はにやけそうになる顔を羽扇で覆った。

「くっ…ほぼ全裸なのに襲えないとは何事だ! ああもうこのまま押し倒してその辺の玩具とか突っ込んでって冷たっ!」

「だだ漏れだ、この馬鹿」

頭の中で妄想を広げていた司馬懿の顔に、曹丕が手にしていた水鉄砲から放たれた水が直撃する。
同時に曹丕の冷ややかな視線も突き刺さり、司馬懿は妄想がいつの間にか口に出ていたことに気付いた。
顔からぼたぼたと水が滴る。

「ふ…聞かれていたなら仕方ありますまい」

しかし司馬懿は冷静に顔を拭うと不敵に笑った。
びくりと曹丕が身構える。
水鉄砲の発射口を向ける曹丕に構わず、羽扇と帽子を放りながらビニールプールに歩み寄る。

「なっ、く、来るなっその薄笑いをやめろ!」

「酷いことを仰る、誘われたのは曹丕殿ではありませんか」

濡れるのも構わず、ざぶりとプールに足を踏み入れ、咄嗟に反応できなかった曹丕に馬乗りになる。
その手から水鉄砲を取り上げてしまうと、ぽいっとプールの外に放り投げた。
豹変した側近に、寒さからではない震えを見せる曹丕の頬に触れる。

「寒いですか? 暖めて差し上げねば」

「仲達!」

尋常ではない側近の様子に、曹丕が悲鳴を上げる。
しかし司馬懿はうっとりと微笑み返した。

「ああそんなに怯えて、可愛いですよ、大丈夫です、気持ち良いことしかしませんから」

「そ、外だぞ!」

「たまにはいいものですな、趣向を変えて楽しむのも」

「ひぁっ…!」

必死に言い募る曹丕だが、スイッチが入った司馬懿は止まらない。
無防備な肌に手を這わせれば曹丕が声を上げる。

「労働の代償はいただきますよ、子桓様」

「――ッ!」

有無を言わせぬ司馬懿の微笑に、曹丕の声にならない悲鳴が上がったのだった。








エンド







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いい加減丕様が風邪を引きそうな時期に水浴び… 頭おかしい話ですみません