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 ―――――此処が戦場のようだ。

 異常は彼の歩く廊下にこそ存在していた。戦場に臨む城とは言え、血の流れたことの無い通路に、鉄錆のようなぎすぎすした臭いが立ち込めていた。しかも有ろうことか、目的の場所に一歩一歩と近付くにつれて、むせ返るほどに益々濃く臭っていた。
 濃密な血の臭いに眩暈を感じて、司馬懿は思わず舌打ちした。血臭に嫌悪感が湧き上がるほど初々しくもなし、気を失うほど軟弱でも無かったが、これには些か眉を顰めざるを得なかった。
 これほどまでに屋内が異常な臭気に満ち満ちていたのは、此の先の唯一の安全地帯でなくてはならぬ、最中枢だけ。戦場と接する出入り口に程近い通路ならまだしも、主君が住まい、今、主君が己を待つ場所だけなのである。
 耐え切れぬ生臭さに、思わず羽扇で口と鼻を覆った。気休めにしかならないのは知ってはいたけれど、かと言ってしないよりは幾分不快さが薄れる気はする。

 ―――――中で何か有ったか……。

 案の定、主君が仮初の宿とするなど恐らく誰も信じられぬであろう粗末な扉は、室内から漏れ出んとするそれらの臭気を押し込めきれずに単なる板と化していた。それ程に流れた血は多いと言うこと。一体この先には何が在るのだろうと、ただじっと主の返事を待っていれば、また何か中で起こったのか、目の前の薄っぺらい扉はかたかたと小刻みに軋んで鳴いた。
 矢張りこの中ですらも日常から掛け離れていた、という証拠の様である。それでも、何事も無ければ良い、と只管に願う己の甘さに司馬懿は嗤うしか無い。







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