山崎せんちめんたる 我們経常是感傷主義者 山崎の地での戦は魏の勝利に終わった。 諸葛亮、司馬懿という名の知れた軍師二人を退けた事は、魏軍の士気を高めた。 その上、死んだと思われていた曹操の登場である。 将や兵士たちの意気は揚々たるものとなった。 最後の遠呂智との戦に向けての準備は、万事整ったと言って良い。 幾多の将たちに囲まれる曹操の側を離れた後、戦の後始末をしていた三成は、曹丕の姿が見当たらない事に気付いた。 普段なら、機敏に指示を出している人間が、どうしたというのだろう。 その場を他の将に任せると、三成は曹丕を探しに歩き出した。 山崎といえば、三成にも感慨深い地である。 記憶を呼び覚ますように辺りを見回しながら、三成は曹丕を探す。 三国と戦国が混じり合ったこの世界に、以前とさして大差ない状態であるというのは、不思議なものだった。 落ち着かない気持ちのまま歩いていると、そのうち天王山に至る山道の、崖の傍に佇む曹丕を見つける。 何かを探しているような曹丕に、三成は躊躇いがちに声をかけた。 「曹丕」 「三成か」 「何をしているんだ?」 いつもと変わらぬ声音での返事に安堵した三成だが、その後の問いには答えがない。 無言で曹丕の隣に立つと、眼下に遠呂智軍の本陣が見えた。 あの時も、三成は天王山を登ったのだ。 其故何度か見た事がある筈の光景だが、何故か違和感が拭えない。 「仲達はあの辺りに布陣していたか…」 ふと曹丕が呟きを洩らした。 咄嗟に見つめた横顔に変化は見られず、三成は再び崖の下、司馬懿が陣取っていた本陣の前を見た。 「まさか、諸葛亮の代わりに動こう、などと考える仲達を見られるとは思わなかった」 声は淡々としているが、曹丕がこんな事を言うのは珍しい気がした。 本当に驚いているのだろう。 「天王山は要所だからな、取られれば焦るのが道理だ」 「普段私に、軽々しく動くな、と説教する人間の行動とは思えん…常々挑発に乗り易い奴だとは思っていたが…」 「良く軍師が勤まるものだ」 「ふ…全くだ」 三成が言葉を接ぐと、曹丕は嘲笑う様に返した。 その中に淋しそうな響きを見つけて、三成は押し黙る。 暫く無言の時が続いた。 乾いた土が風に吹かれて土煙を上げる。 戦の後の荒涼とした空気が辺りに充満している。 慣れた筈の雰囲気に酔いそうになって、三成は口を開いた。 「此処は、信長様を本能寺で討った明智殿が、秀吉様と戦い、敗れた地だ… この戦で勝利した秀吉様は、信長様の後継の座を手に入れた。 そして、俺が左近と初めて見えたのも、この山崎だ」 山崎での一戦に参加した頃の三成は、まだまだ若輩者だったが、左近は、筒井家で辣腕を振るう名うての将だった。 主命だと言って秀吉の元に馳せ参じた男は、確かに先の世を見通していた。 羨ましいまでの智勇を誇る左近に、三成は生来の不器用から無礼な言葉を重ねたが、その心は左近を求めてやまなかったのだと、今なら判る。 秀吉の足元を固め、左近と三成を出会わせた山崎は、三成にとって因縁の地と言って良かった。 「しかし明智光秀は織田信長に従っている…信長が明智を恨んでいる様子もない」 「妙な話だが、そうなのだから仕方あるまい…遠呂智の力のなせる業としか言いようがないな」 詮無き事、とは儚い運命を背負った哀しき佳人の口癖だが、事実気にしても仕方の無い事は、この世界には沢山ある。 ここで生きている人々は、それをみな判っている。 「そうだな…しかし、そのような事があったからだろうか、此処は何故だか寂寥としている…」 曹丕は歌を詠む。 日本の歌とは大分違うが、それを詠む心というのは大差ないだろうと、三成は思う。 そういう情緒とは無縁の三成だが、意味は判らずとも、曹丕の詠む歌を聴くのは好きだった。 美しさだとか悲しみだとかに敏感な曹丕だから、この戦の跡だけが残っている地にも、感じるものがあるのだろう。 「俺には良く判らんが、お前がそう言うならそうなのだろうな」 三成が感慨深く呟くと、曹丕が見慣れた、皮肉に満ちた笑みで言う。 「理解出来るように言うと、お前が左近を思い出し、私に昔話をしてしまう程恋しくなるのは、この地の所為だ、という事だ」 「曹丕、貴様…」 「そして曹子桓ともあろうものが、仲達の所業を気にしてしまうのも、この地の所為、だ」 文句の一つでも言ってやろうかと、曹丕の方を向いた三成だが、すぐに言葉に詰まってしまう。 曹丕の笑みが自嘲を帯びていたからだ。 その笑みのままで呟かれた言葉は、戸惑いに溢れていた。 人の心の機微に触れる時、三成は己の不甲斐無さを呪いたくなる。 どうにもならないと知りながら、悲しくなる。 (俺が人を慰めるなど、有り得ぬ…清正や正則が知ったら笑うだろう) しかしそれでも、心の何処かで思ってしまう。 自分に気の利いた言葉が言えたら。 何か慰める術を持っていたら。 (そんなの、無理だ…) 自然、顔は剣呑さを帯びていく。 どうすべきか、と考えているうちに、手に力が入り、汗を掻いていた。 「…三成、何処を掴んでいる」 「気にするな」 気付くと、三成の掌は曹丕が纏う蒼い披風(マント)を握り締めていた。 曹丕に咎められるが、三成はそのまま離そうとしない。 「そんなことをせずとも、私は飛び降りたりなどしないが」 呆れたように呟く曹丕に、三成は静かに反論する。 「俺はここを掴みたいのだ」 「ならば言ってみろ、何だ、その悲愴な面は」 「気のせいだ」 半ば意地になっているが、三成は頑なである。 更にきつく布を掴む。 多分、後で皺になって、怒られるだろう。 「お前という奴は…始末に負えぬ」 「…何故そこを掴む」 溜息と共に呟いた曹丕は、三成の陣羽織の裾を掴んでいた。 しかも、掴むだけでは飽き足らず、折り目でも付ける様に指先で玩んでいる。 既に変に跡が付いていた。 「お前が私を道連れに飛び降りたりしないように、だ」 「しない、そんなこと、離せ、伸びる」 「五月蝿い、私も掴んでいたいだけだ」 三成は自分の行動も忘れて曹丕に文句を言う。 が、曹丕も三成と同じく、頑固だった。 何を言っても離そうとせず、寧ろ強く手に力を入れる。 結局、二人とも互いの衣服の一部を掴んだまま、意地の張り合いの様に立ち続ける事になる。 「離せ」 「断る、お前こそ離さぬか」 「ふん、何故私が離さねばならぬ」 憎まれ口は途切れる事を知らない。 大の大人が二人、互いに相手の服を子供の様に握っているだけでも可笑しな光景なのに、それでいて互いに相手にきつい言葉を浴びせているのだ。 (しかし、この方が俺らしいではないか) 暫く、こうしているのもいいだろう、これから、まだやる事が残っている。 ふと、曹丕の纏っている気配が穏やかなものになる。 ならば好都合、と相変わらず蒼い色の布を手にしたままで三成は空を見上げる。 何処の国でも何時の時代でも、空の色は変わらぬのだと思う。 そういえば、曹丕の色は空の色だと思うと、何だかおかしい。 口元を緩めて笑うと、曹丕が怪訝そうに三成の横顔を見た。 しかしすぐに三成と同じく上空に視線を向ける。 「良い天気だ」 曹丕が呟くと、さらりと心地良い風が、二人の側を掠めていった。 僕らはいつでもセンチメンタリストだ エンド ++++++++++ オロチネタで、丕と三成、山崎の戦い後でした。 この二人は百合ップルです、兎と狐がごろにゃんしてるのです(痛) 戻 |