「…綺麗だな」 眼下に広がる光景に、曹丕は感嘆の声を洩らした。 高級と言って差し支えないホテルの中でも、かなり質の良い一室である。 建物の上層階にあるそこからは街が一望できる。 闇に滲むイルミネーションは、作り物とわかっていても幻想的に見えた。 「お気に召しましたか」 不意に背後から声をかけられた。 顔を上げると窓に映る男の姿が見える。 振り向けばそこには曹丕を此処へと連れてきた男――司馬懿がいた。 手にはワインボトルとグラスを二つ。 それらを窓の傍のテーブルに置くと曹丕の傍らに立つ。 司馬懿が視線を窓の外に移したのにつられて、曹丕もまた夜の街を眺めた。 「ああ…贅沢をしている気分だ」 先程の司馬懿の問いに答える。 実際贅沢なのだと思う。 クリスマスイブだからたまにはデートでも、と司馬懿に連れられて行ったのは、何処かの静かな料亭だった。 落ち着いた雰囲気の其処で二人でゆっくりと食事を楽しんだあとは、予約をしてあるからとこのホテルにやってきたのである。 至れり尽くせりで曹丕も恐縮したのだが、司馬懿は終始機嫌が良い。 理由を問えば「あなたと一緒に過ごせて嬉しいのですよ」と真顔で返され、曹丕の方が恥ずかしくて赤面してしまったほどだ。 思い出すと再び頬が熱くなる。 赤くなっているだろう場所を手で押さえていると、不意に腰を抱き寄せられた。 「何を考えているのですか?」 お前のことだとは言えず押し黙る。 しかし司馬懿にはお見通しなのだろう、くすくすと笑っていかにも楽しげだ。 俯く曹丕の耳元に口を寄せて、羞かしげもなく囁く。 「陳腐な言葉ですが、こんな夜景よりあなたの方が断然美しい。もっと御顔を見せてください」 細長い指が顎に添えられ曹丕の顔を上向かせる。 先程の甘い口説き文句に真っ赤になった顔を見られて、少し悔しい曹丕であるが、文句を言う前に顔を寄せられ、目で口付けを強請られ大人しく口を噤む。 するとゆっくり司馬懿の顔が近付いてきて、曹丕はそっと目を伏せた。 吐息が触れたかと思うと、すぐに唇が重ねられる。 始めは触れるだけだったそれも、時間が経てば物足りなくなる。 舌が閉じられた唇を割り開くような動きを見せれば、素直に口内に迎え入れる。 くち、と音を立てて激しくなる口付けに、曹丕は司馬懿の首に腕を回した。 応えるように曹丕の後頭部に手が添えられると、夢中で舌を絡めて司馬懿を求める。 どれだけそうして貪り合っていたのか、銀糸を引いて唇を離した時には、曹丕は息も絶え絶えになっていた。 は、と短く吐息を洩らす曹丕が落ち着くのを待つように、司馬懿は顔中に唇を寄せる。 潤んだ目で司馬懿を見ると、司馬懿は薄く笑った。 「このままここで夜景を見ながら…というのも良いのですがね」 何がとは言わないが、きっとそういうことだろう。 ろくでもないことになりそうで曹丕は少し嫌な顔をした。 「そんな顔をされると傷付きますよ…あなたに渡したいものがあるんです」 苦笑を浮かべて、司馬懿がどこからか四角い箱を取り出す。 綺麗に包装されたそれを渡され、開けるように促されて、曹丕は丁寧に包みを開いていく。 「仲達……これ」 箱を開けるとそこにはシルバーのチェーンネックレスが入っていた。 シンプルな、これもシルバーの指輪が通されている。 困惑した曹丕がネックレスと司馬懿の顔を交互に見る。 「あなたに似合うと思ったので。――つけても?」 こくりと頷くと、背後に回った司馬懿の手によって、ネックレスが儀式のように厳かに曹丕の首にかけられる。 白い肌に映えるそれを見て司馬懿は笑みを浮かべた。 「やはり、よく似合っておりますよ」 窓に写る自分の姿を見ながら、曹丕はネックレスを指でなぞる。 指輪に触れると胸が熱くなった。 込み上げるくすぐったいような感覚に顔が綻ぶ。 口元を緩め泣き笑いのような顔で曹丕は声を盛らした。 「嬉しい……ありがとう」 「っ…子桓!」 「っ!?」 途端に後ろからきつく抱き締められた。 突然のことに驚いて声が出ない。 落ち着く間もなく項に吸い付かれ、背を反らせた。 「我慢出来なくなりました、ベッドに行っている余裕がないので、ここで」 やっぱり何をとは言わないが、体を弄り始めた司馬懿の手が、欲するところを雄弁に語っている。 ガラスに押しつけられながら、曹丕は必死に言い募る。 「ま、て…っ…私も、お前に渡すものが…あ…!」 「夜は長いのですから、また後程ゆっくりと」 話は終わりとばかり、耳朶を甘噛みされ曹丕の体が跳ねる。 欲しいと言われてももうやらぬ、と曹丕は決意する。 しかし司馬懿に強請られれば結局渡してしまうのもわかっている。 だから少しは困らせてやるのも悪くないと思いながら、曹丕は司馬懿に身を任せるのだった。 エンド ++++++++++ テーマは恥ずかしい司馬懿 曹丕は大学生くらいで、司馬懿は社会人です 馴れ初め編もそのうち書きます0 戻 |