冗談のような話 コンビニ店員・司馬懿は某有名大学法学部で勉学に励む苦学生である。 奨学金やバイト代で学費・生活費を賄う彼には遊ぶ暇どころかゆっくりと安らぐ暇すらない。 そんな日々を過ごす彼にも趣味はある。 人間観察―――己の利益になる人間を見る目を養うにはコンビニはうってつけと言えるだろう。 それに観察している、という優越感も馬鹿に出来ない。 仕事だからこそ、嫌な客にも愛想良くしなければならない。 その鬱憤を晴らすという少々陰険な実益も兼ねて司馬懿は今日もコンビニでレジを打っている。 そんなある日のこと、深夜バイトに励んでいた司馬懿は何とも観察し甲斐のある客を見つけた。 黒のブランドスーツを見に纏い、律儀にネクタイを絞めた二十代後半の男である。 長い髪を後ろでくくった精悍な顔付きの美男子はいらっしゃいませ、という司馬懿の言葉を聞いたのか聞かなかったのか、全く表情を変えずに籠を取ると店内を闊歩し始めた。 きっちりとネクタイをしているにも関わらず男は堅実なサラリーマンには全く見えない。 つまり…自由業に見えた。 コンビニに来たことがあるとは思えない。 少なくとも頻繁に通うタイプには見えない。 背が高く立ち居振る舞いが洗練されている。 街を歩けば騒がれる部類の人間だ。 しかしその辺を一人で意味もなく歩く様には見えない。 総評すると人並みから多大にずれている、それが全てだった。 暫くレジには来るまいと見越した司馬懿は他の仕事にかかる。 それから何分かして先刻の男がレジに向かって来るのが見えた。 手に持った籠にはぎょっとするほどの量の商品が詰められている。 その見るからに重い籠がレジに置かれた。 司馬懿は平静を装いながらレジを打ち始める。 そしてバーコードを10回程取ったところで気付いた。 (全部…葡萄味の製品ではないのか?) 全体的に紫色をしたパッケージが多い。 葡萄が好きなのか。 しかしたまにブルーベリーなどが混ざっているのが不思議だった。 (…色だけを見て選んだのかっ!) その推理を裏付ける様に箱が紫のチョコだとかなんだとかが出てくる。 しかも律儀に三個ずつ。 (一応不味かった時の事を考えているのか…?) 大雑把で馬鹿らしいが、妙に律儀だ。 酒も葡萄味かと思いきや菊正宗やいいちこ。 得意な筈の洞察がさっぱり上手くいかない。 レジを打ち終わる。 会計は2万円弱。 コンビニで使う金額ではないだろう。 金持ちめ、と心で毒づいて顔を上げると目があった。 性悪そうな目で見られると正直びくっとする。 もしや心の声が口に出ていただろうか、と思いながらも何でもないように金額を告げる、が。 「司馬懿と言うのか」 唐突に名を呼ばれ目を丸くして相手を見つめてしまった。 この男は何を言っているのか。 「学生か」 司馬懿は何一つ答えられない。 かろうじて、名前は胸の名札を見て知ったのだ、と判断する事が出来ただけだった。 男は高級そうな財布からピン札の2万円を取り出すとカウンターに置く。 司馬懿は慌てて会計をする。 男の視線を感じるのも好みだ、という呟きが聞こえたのも気のせいだろうか。 小銭を渡そうと手を伸ばすとその手を包み込まれた。 顔を上げると真面目くさった顔をしていた男がにやりと笑い、言った。 「また来る」 そして釣りは受け取らずに買った物だけ持って出口に向かう。 「お客様、お釣りは」 「取っておけ」 問いに返って来た言葉の意味を反芻しているうちに男はいなくなっていた。 司馬懿は呆然の体で二度と会いたくない、と嵐の様だった男の顔を思い出し、渋面を作って釣りを募金箱に入れた。 エンド? ++++++++++ 現代パラレル丕司馬。勝手に頭の中で進行中。 戻 |