混沌な話







今日も今日とて何時もの如くアルバイトに励んでいた司馬懿は、来客を告げるアラームに惰性で挨拶をした。
睡眠不足から伏しがちな目を入り口に投げ掛けると、そこには目が醒める様な美形がいた。
やけに量が多い赤っぽい茶髪は肩より上でざっくばらんに切られ、外側に流れる様にはねている。
顔が整っているのは言うまでもないが目つきは悪い。
地味なスーツを几帳面に着ている様は普通の勤め人である。
しかしその姿は自信に満ち溢れている。
若い様だが相当な要職についているのが見て取れた。
店内に入って来た青年は一直線に飲み物が並べられた冷蔵庫に向かう。
どうやら目当ての物以外には興味がないらしい、と見た目通りの思考回路に納得していると、再び聞き慣れた電子音が鳴った。

「いらっしゃ―――!?」

「久しいな、仲達」

「3日前も会いましたよ…子桓さん」

硝子の扉の前に立っていたのは曹子桓、その人だった。
コンビニには似合わない風体の男は、長い髪を揺らしながら司馬懿のいるカウンターに近づいてきた。
いつ見ても男前の曹丕は司馬懿に一目惚れし、足しげくこのコンビニに通って来る司馬懿の恋人である。
見た目は悪くないが不健康そうな司馬懿のどこが曹丕は気に入ったのか、いい男だが目つきが悪く性格も悪い曹丕の何が自分は良かったのか、いつも疑問に思う司馬懿だった。
目つきが悪いと言えばさっきの客はどうしただろう、と失礼極まりないきっかけで思い出した司馬懿が視線を冷蔵庫に向けた、その時。

「曹丕ではないか」

不意に聞こえて来た声に、司馬懿は視線と共に思考を巡らせる。
視界に入ってきたのは先刻の赤髪の青年だ。
彼以外に店内にそれらしき人物はいない。
つまり彼が曹丕に親しげに話し掛けたことになるだろう。
一体この真面目な勤め人に見える青年と曹丕にどんな接点があるというのか。
しかし司馬懿の思考が終わる前に曹丕がその声に答えた。

「三成か」

その時点で二人が知り合いであるということは紛れもない。
だが司馬懿には眼前の光景はどうにも受け入れ難い。
共通しているのは目付きが悪いところだけである。
それでも司馬懿に構わず二人は話し始める。

「元気そうだな」

「お前もな…それにしてもコンビニで会うとは思わなかったぞ」

「ふ…意外そうだな」

「意外どころではない、天変地異の前触れかと思った」

楽しそうに(は見えないが本人たちは楽しそうな気がする)会話する二人を、司馬懿は呆然と見守るしか出来ない。
すると司馬懿の無言の問掛けに気付いたのか、曹丕が司馬懿に顔を向ける。

「仲達、こいつは石田三成という、大学時代の知り合いだ」

「大学…」

確かに社会人として彼等に接点はなさそうだ。
それなら合点がいく、と内心頷く司馬懿を曹丕が三成に差し示す。

「これが仲達だ」

「ああ、件の。成程、性格悪そうだな」

その紹介の仕方と相手の反応に違和感を覚える司馬懿だが、二人の会話に入ることは躊躇われた。
疎外感にいじけながら二人を遠巻きに眺める。
この二人が知り合いで悪友の様な存在であることは判った。
しかし知り合ったきっかけも何故三成が司馬懿を知っているかも謎のままである。
居心地の悪い司馬懿をよそに二人は喋り続ける。

「今日はあの男はどうした」

「左近か。俺には手に負えない仕事をして貰っている。俺は買い出しだ」

「わざわざ求めた甲斐のある男だったようだな」

「そうだな、社内でも三成に過ぎたるもの、などと言われている」

「言わせておくとはお前らしくもない」

「自分でも納得してしまうのだから仕方があるまい」

「なんだ、のろけか、それは」

「いつもお前ののろけを聞いている代わりだと思え」

心なしか楽しそうに話す曹丕に、司馬懿は何故か苛立ちを隠せないでいた。
左近って誰だ。
桜か?
にしてもこの石田とかいう男、ツンデレの香りがかなり漂っている。
それに曹丕がのろけている姿なんて想像も出来ない。

(大体何故私がこんなにも気にしなければならんのだ!)

それが嫉妬という感情だということには気付かない司馬懿である。
司馬懿が表面上は無関心を装いながらも内心煩悶していると、不意に携帯電話のメロディが鳴り響いた。
慌ててポケットを探り携帯電話を取り出したのは三成である。
ディスプレイを見て三成が一瞬目を輝かせたように見えたのは錯覚だろうか。

「左近か、何の用だ」

しかし電話に出た三成は嬉しそうな様子など微塵も見せない。

「ああ、曹丕に会ったのだ…俺は子供ではないぞ、そのような心配は無用だ」

曹丕と話している時と変わらない、居丈高な物言いだが、言葉の端々に甘えのような、おそらく三成の地が見える。
それほど信頼している相手なのだろう、『左近』は。

「判った、すぐ戻る…じゃあ切るぞ…判ったと言っているだろう!」

ぶちっと音が聞こえそうなほど強くボタンを押して通話を終える。
少し頬を染めたまま三成がレジ台の上に手にしていた物を置き、司馬懿を見る。

「会計を頼む…」

言われるまま司馬懿はバーコードを読み取る。
ミネラルウォーターにスポーツドリンク、新作ポッキーとカロリーメイト。
変な組み合わせだ。

「相変わらず愛されているようだな」

「ふん、過保護なだけだ」

揶揄うような曹丕の言葉に、三成は素っ気無く答えながら、財布から金を取り出す。
ただし顔は赤くしたまま。

「ではな、曹丕、司馬君」

袋と釣りを受けとると三成は颯爽と歩いて行く。
ガラス戸を押し開けて出て行くのを見送ると、何となく溜め息が出た。

「どうした、溜め息など吐いて」

「いえ…多少疲れているだけです」

曹丕の耳聡い言葉に司馬懿は適当に返事をする。

「ふ…嫉妬疲れでもしたか?」

「嫉…っ!?」

しかし次の曹丕の言葉に、司馬懿は思わず声を上げる。
自覚がなく、あっても決して認めないだろう司馬懿には、到底その言葉に頷くことは出来ない。
何も言えない司馬懿に構わず曹丕は尚も話す。

「心配せずとも三成には恋人がいる。それにのろけは…誰のことを話しているかなど、言わずとも知れよう?」

にや、と笑う曹丕の目が雄弁に答えを語っていて、司馬懿は顔を真っ赤にする。
先刻の三成よりも赤いだろう。

「他に聞きたいことはあるか?」

やけにいきいきとした曹丕に司馬懿が勝てるはずがない。

「…三成さんと知り合ったきっかけは?」

気になって仕方なかったことを聞きながら、認めるしかないかと諦めの境地の司馬懿だった。






エンド







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丕様は文学部です。三成は商学部です。妲妃ちゃんの仲介でお友達になりました(爆)