聖夜の話 街を照らすイルミネーション。 人の心を浮き立たせる煌めきはまるで、月の光を模したかのよう。 しかし仄かに光を放つ月を凌駕しようとでもしている人工的に歪な光は、曹丕の気に召すものではない。 確かに聖夜を過ごす恋人たちには効果のある演出ではあるが、それ以外の人間には意味がないどころか虚しささえ呼び起こす。 きらびやかに聳え立つクリスマスツリーを見上げながら、曹丕は悲嘆する。 「ああ、何故私はお前と此処にいるのだ」 「その台詞、そっくりそのまま返してやる」 曹丕の言葉に横で同じくツリーを見上げていた茶髪の青年が反論した。 曹丕は己より幾らか背の低い傍らの青年をじろりと睨む。 その視線を察したのか隣の青年―――三成も曹丕に鋭い目線を送る。 それなりの美形が二人、クリスマスのシンボルの前で睨み合う。 剣呑な雰囲気が漂うその場所を人々は興味津々に、しかし遠巻きに眺めている。 緊迫した空気を先に打ち破ったのは、三成だった。 「ふん、恋人にクリスマスのデートを断られた男といてやるのだ、感謝しろ」 三成が口許を歪めて曹丕を鼻で笑う。 さも曹丕に付き合ってやっているのだと、哀れな男を嘲笑うように言われては曹丕も黙っていられない。 目一杯馬鹿にした態度で三成の急所を突く。 「お前こそ男から誘いもなかった癖に、偉そうな事を言うな」 「誘われなかった訳ではない!左近にどうしても外せない仕事が入っただけだ!」 「私だって仲達が急にバイトに入らなければならなくなっただけだ!」 案の定激昂して言い返して来た三成につられて曹丕も怒鳴る。 至近距離で相手を睨み、今にも掴み合いの喧嘩を始めそうな二人だが、そこは理性が働いたのか、同時に離れそっぽを向いた。 暫く無言のまま時間が過ぎる。 (私は一体何をしているのだ…) 星など見えそうもない夜空を見上げながら曹丕は目を細める。 クリスマスイブの根回しは完璧だった。 司馬懿がバイトに入らないようにしたし、翌日も休みにしておいた。 自分の仕事を終わらせ、約束を取り付けて、完璧だった。 当日、突然シフトに穴が空いて司馬懿が出勤になるまでは。 当然ながらその日の予定はキャンセルになり、街をふらふらしていたところに同じく予定がなくなった三成を発見し、こうして不毛にもクリスマスツリーを見上げているのである。 「情無い…」 思わず呟きが漏れる。 しかし意外にも三成から揶揄いの言葉は返って来ない。 辛辣な言葉を予想していた曹丕は不思議に思い三成をちらりと見やる。 「そんなのは、俺もだ」 三成はその秀麗な顔を自虐に歪めて笑っていた。 普段強気な三成がそれほどの表情をするなど、滅多にない。 「もっと、素直になれたらいいのに」 「ああ…」 天辺が見えない程高いツリー。 金を基調にしたイルミネーション。 数え切れない麋のオブジェ。 夜空に響くクリスマスソング。 浮かれて眠らない街が些か自分には眩しい。 未練がましくこんな所に居る己に苦笑した。 いつのまにかふっ切れて、此処にいても仕方ないと三成に声を掛けようとした、その時。 「三成さん!」 「……左近…!?」 何処からか聞こえてきた、必死に名を呼ぶ声。 聞き覚えのあるらしいその声に、三成が辺りを見回す。 ほどなく道の向こうからコートを翻しながら男が駆けて来た。 背の高いその男は三成の姿を確認すると此方に慌てて寄って来る。 「三成さん、こんな所で何してるんですか…っ!」 「左近、仕事は…!?」 全力で走ったのだろうことを証明するよう荒く息を吐きながら、その男、左近が三成に詰め寄る。 三成は驚いて目を見開いたまま、動けないでいる。 「終わらせましたよ…全く、待ってて下さいって言いましたよね?」 左近が歩み寄れば三成は身を竦める。 問い詰めるような言葉に三成は俯く。 「だって…邪魔したらいけないと思って…」 「邪魔な訳がないでしょう? それに今日は食事に行きましょうねって言ったじゃないですか」 「でも、仕事だから…無理だと思って…」 言い訳のようにぼそぼそと呟く三成に左近が優しく言い含める。 往生際悪くしていた三成もだんだんと語尾が小さくなる。 そして、極めつけが、この台詞。 「左近が三成さんに嘘を吐くとお思いか?」 「いや…済まぬ、左近…!」 「…………」 ひし、と抱き合う二人を除け者にされた曹丕はうざったげに眺める。 突っ込む力も沸いてこないのは仕方あるまい。 「……三成……」 しかしずっとそうしている訳にもいかず、曹丕は声を掛ける。 するとそれまで恥も外聞もなく抱擁していた三成がはっと離れて曹丕を見る。 「あ、曹丕、これは…」 「良い、もうとっとと飯でも何でも行け」 「済みませんね、曹丕さん」 猫にでもするように手で払うと、三成は遠慮がちに、左近は言葉程恐縮していない様子で歩き出す。 しかし、腕を組み二人を見送る曹丕に、一旦は背を向けた三成が立ち止まり、振り返った。 「三成?」 「お前も、もう一度司馬君に会いに行ったらどうだ?」 三成の言葉に目を丸くしているうちに二人は見えなくなった。 呆然とその様を見つめる。 「生意気なことを言う…」 既に姿の見えない相手に呟く。 しかしその表情は決して険しいものではない。 口許を悪役宜しく歪めた、自信に満ちた笑みを浮かべている。 「言われずとも行ってやろうではないか」 足は停めてある車を目指す。 向かうのは勿論、司馬懿のバイト先であるコンビニ。 尚、司馬懿からバイトが終わったから、と伺いの電話が入るのは、ちょうどコンビニの駐車場に車を停めた直後のことである。 エンド ++++++++++ (蒼のコメントが入るまでの繋ぎで海石コメント↓) 学生だった頃の蒼と海石の会話を彷彿とさせます(笑) この会話をネタに私も鳳宍で書いたことあるのです・・・(えぇ) 戻 |