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「……、」

(…そうだ、何を莫迦な事を…。本物の子桓様である筈がない…)

 乱世の実力者の寵童相手に短慮はいけない、と荀ケ(いく)は思い直す。
 何せ目の前の少年は年に似合わず、言動も振る舞いも大変幼いのである。まるで文始めをしたばかりの子供のようだ。 荀ケ(いく)が知る曹丕の、大人すら凌ぐ程に聡明で利発的であった姿からは天と地程も異なっている。

(…だが…)

 しかし、そう納得させようとする理性とは裏腹に、よく見れば見る程少年はその失踪した若君と良く似ているのも事実なのである。 背格好も声も顔すらも。似通っていない所を探す方が難しい。
 加えて荀ケ(いく)には前から気にかけていた事がある。
 子供は行方知れずとなってはいたが、報せの一つどころか、討ち取られたとも、処刑されたとも、噂の一つさえ聞かなかったのだ。

(―――――忽然と戦場に消えた…まるで神隠しに遭ったかのように…。)

 生きているならば報せが来る筈。ならば死んだのであろう、と。 そうは思うものの、遺骸が無いため、死を確定させるものが無かった。
 さては戦で死んだ者たちの中に紛れたのかとも思うが、彼の顔立ちにも鎧にも雑兵にはない気品があったから、 一目で地位がある将だと判別出来る。 仮令、曹丕が幾千の亡骸に埋もれていたとしても見つからないという事はない筈なのだ。
 例え彼が子供であっても…否、子供だからこそ不釣り合いの戦場に在るのは地位のある将の子弟だと思われる筈だ。
 万一、劉備軍の兵の手に落ちていたとしても、価値ある身柄故に生死を問わず、 兵が論功を得る為に、或いは軍の優位を誇示する為に、『その所在は劉備軍に在り』と告げられる筈であった。






- - - - - - - - - - - - - - 2011/04/17 ikuri
12歳位を想定…ゲーム初登場時は14歳だけれども。