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「これで、いい?」
「いや、夜着のままでは風邪をひいてしまうから着替えておいで……伯達兄上、」
「ああ」

 司馬懿が傍に控える司馬朗を呼ぶ。 武将達の居並ぶ中でも一際上座の方から、司馬懿に似ているが、大分柔和な面差しの男が進み出て来たかと思うと、躊躇いもなく司馬懿と同じ壇上に上がった。
 対する子供は不安そうに司馬懿と司馬朗を見比べていた。 その瞳には次の言葉に対する警戒と怯えが見て取れる。

「兄上…申し訳ありませんが、子桓を」
「やだ…! ちゅうたつのそばにいる…!」

 司馬懿に名が呼ばれるや否や、曹丕が鋭い声を挙げた。
 すっかり落ち着きを取り戻したと思われていたのだが、やはり完全までには至らなかったようだ。 己を此処から連れて行かせようとする手を拒み、先までの姿を彷彿とさせる程の頑なさでひしっと再びしがみついた。

「子桓…」
「ゃ…いやッ!!」

 子供は、握る音がしそうな程に強く拳を作った。 拳の関節は力が込められ過ぎて真っ白くなっており、その強さには流石に放させるのを諦めたようである。司馬朗と顔を見合わせたかと思うと、初めて司馬懿が苦笑を浮かべた。

「申し訳ないが、荀ケ(いく)殿…一旦、席を外しても構わぬだろうか?」
「は…」

 また泣き始めた子供を抱き締めてあやしながら、申し訳なさげに司馬懿が窺ってくるのを、荀ケ(いく)は拱手をして承諾した。 どの道、男に言われては承諾をせねばならない上、荀ケ(いく)とてこの状況では平静でいられないのだから。

「忝ない。この埋め合わせは必ず致しましょう」
「…いえ、私の事はお気になさらず」
「そういう訳には参りますまい。…ああ子桓、良い子だから泣きやんでくれ…」










- - - - - - - - - - - - - - 2011/05/24 ikuri
伯達兄上にだけは敬語な君主仲達(ゲームも然り)。
因みに司馬兄弟(伯仲叔)は子桓様を溺愛してる設定。