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「私と貴殿の仲です…次は格式ばらぬ場でゆっくりとお話を窺わせて頂きたいのですが。如何でしょう?」
「是非もございませぬ」
「それは良かった。では、後程またお招きさせて頂きましょう。…さ、行こうか子桓」

 拱手した使者に満足そうに頷くと、今まで背を撫でていた司馬懿の手が曹丕の背を優しく押した。
 じっと司馬懿の衣を両手で握り、見上げていた少年は、背に在る大人の手を取り、しっかりと指を絡ませた。 此の場から去れる事が嬉しいと言わんばかりに表情を明るくし、あれ程怯えた使者などなかったかの如く背を向ける。

「ッ…!」

 その姿は荀ケ(いく)を焦らせた。 何らかの原因で曹丕が我を失っているのなら、荀ケ(いく)と接した事で思い出すのではないか、 或いは忘れたふりをしなくてはならない事情があったとしても幾許かの訴えは在るのではないかと期待していたのだ。

「司馬大将軍殿っ!」

 だが、幾ら何でも彼の様子は可笑しすぎた。 今でさえ荀ケ(いく)が呼び掛けたのに対して、涙の残る瞳で怯えと嫉妬の入り混じる暗い視線を向けてくる。
 それは荀ケ(いく)の知らない眼であった。

「…どう致しましたかな?」
「失礼ながら、貴公ならばお分かりでしょう!」
「ええ、勿論」
「!」

 挑むかの如き言に司馬懿は予想に反して微笑を浮かべ、その手で少年の肩を抱き、 荀ケ(いく)の眼から隠すように…或いは曹丕の睨みから荀ケ(いく)を守るかのように…己の背後へと引き寄せる。

「その事も含めてお話し致しましょう。…異存は有りませんな?」

 有無を言わさぬ君主の威圧が犇々と荀ケ(いく)を襲う。 思わず頭を垂れた荀ケ(いく)に満足げに頷いたのだろう。 一つ、間を設けてからゆっくりと足音が遠ざかっていった。
 ―――――軽い足音を伴いながら。












- - - - - - - - - - - - - - 2011/06/20 ikuri
ここで一区切り。
ここまででは、お膝抱っこと仔丕様の美少年(?)ぷりが書きたかった海石です。
お膝抱っこは浪漫ですよね、誰かお膝抱っこの仔丕様描いてくれませんかね…(>_<)