2−5 「文の美しさも変わりませぬな。いつ拝見しても珠玉の如き文を紡ぎなさる…不才な我が身が居たたまれませぬよ」 軽く笑いながら司馬懿が言う。けれどそれは中身を肯定する言葉ではなく、荀ケ(いく)の務めを果たす結果ではない。 「勿体無いお言葉です。主に伝えればさぞ喜びましょう」 賛辞をさも嬉しげに受けながら、内心は恐々としていた。 一抹の不安がない訳ではない。司馬懿が自軍の為に同盟国を冷たい目で審査するのは当たり前のことで。 新野、宛を失った最近、お世辞にも心証が良い…同盟を組む程の利が自軍にあるとは思えなかった。 未だ城数は多いものの、嘗ての勢いも豊かさもなく、最悪、この場で同盟破棄されても仕方ない。 逆に向こうは洛陽のみを拠点として四方を敵に囲まれていた昔とは決別し、自勢力だけでも生きていけるのだから。 「…同盟強化も願ってもないことです。急ぎ正使を送りましょう」 「有難うございます。主も喜びましょう」 役目を務め終えた安堵感に拱手の陰でそっと溜め息を漏らした。 相次ぐ戦に物資も兵も削られていく中で、背後の安全は何より重要だ。 十以上の城を有し、劉備軍という同じ敵を持つ司馬懿勢力ならば尚更に。 「何の、貴軍が在るからこそ逆賊の跋扈も抑えられるのです。 貴軍の御活躍には、私も嬉しく思っておりました…何より曹将軍も貴方もお変わりがないようで安心致しました」 「ええ、御陰様で…しかし、これも将軍のご配慮とご威光あってこそのものでしょう…」 曹丕の事さえ無ければ元は親密な同盟国。穏やかに会話は進む。 そもそも司馬懿は荀ケ(いく)と浅からぬ交流があった。 河内の司馬家は貴族としても清流派としても名高く、同じく名家である穎川の荀家と父祖の代から親しく交わっていたのだ。 - - - - - - - - - - - - - - 2011/10/17 ikuri 史実どおり、仲達はケ(いく)様が大好きというか寧ろ敬愛してます。 (作中の険悪さはおそその使者だから、つい八つ当たり) 君子云々の下りは正確に内容を反映してるか自信はありませんが、これも史実です。 仲達の数少ない?尊敬(憧れ)の一言を歴史に残させるとは…流石はケ(いく)様です。 戻 |