2−6 こと司馬懿に至っては『荀令君程の君子はここ数百年の歴史にはおりませぬ』と深い敬愛を寄せてくれていた。 優秀な青年にそういった好意を寄せられるのは嬉しいもので、二人が似たような境遇という事もあり、親しく交わってきた。 彼が洛陽で挙兵し瞬く間に乱世に名を轟かせてからも目上の荀ケ(いく)に礼を尽くし、 荀ケ(いく)が袁紹の元を辞して曹操の傘下に入った時には我が事の様に喜んでくれたのだ。 最後に会ったのはもう数年も前。目まぐるしくすべてが移ろう乱世の中で、変わらぬままの関係は稀少である。 「…ケ(いく)殿…荀ケ(いく)殿!」 「っ!」 「……上の空、ですな?」 司馬懿の声に我に返った。思わず男を振り返ると、彼は密やかに笑い声を立てて荀ケ(いく)を見ていた。 さぁ、と血の気が下がる。 「申し訳ありません! 大変なご無礼を…!」 「私の方こそ、荀ケ(いく)殿に配慮申し上げず…大変失礼致しました。長旅でお疲れでしたのでしょうに…」 お詫びに点心でも、と欠片も怒った様子も無く、にこやかに司馬懿は言う。 見ればいつの間にか司馬懿との間に置かれた卓に美味しそうな菓子とゆらりと湯気の立つ杯が二つ置かれていた。 杯の一つを司馬懿が取って口を付けながら荀ケ(いく)に促すように眼だけで笑ってみせた。 「いえ、大丈夫です。長旅と言っても十日程度…疲れと言うほどのものでは…」 「…では、荀ケ(いく)殿の御心を占めるものが、同盟の強化以上に他にあるのでしょうか?」 「!」 「そうでしょう?」 水を向けられ、『来たか』、と荀ケ(いく)の背に緊張が走る。 司馬懿が示唆した通り、親善が目的であったのは、曹丕が会談の場に乱入するまでであった。 真実を知る恐怖故か、からからに干からびた喉がぐ、と鳴る。 「曹丕殿のあの姿は…」 - - - - - - - - - - - - - - 2011/10/24 ikuri お茶は三国時代に無かったという論文を読んで以来、お茶の表現は書かないポリシー。 以来、じゃあ何飲んでたのさ!というツッコミを胸に抱き続けながら小説を打ち込んでます。 戻 |