2−9 「…庭へ参りましょうか」 寛大な笑みを浮かべた男は、固まる荀ケ(いく)を見下ろして促した。 緩慢に身を起こす使者を見届けると、敷居を跨ぎ、悠々と外へと踏み出した。 荀ケ(いく)も追従して庇を越える。その瞬間、世界が変わった。 「……!」 まさにそこは桃源郷の如き風情。木々の翠は鮮やかに萌え、千紫万紅の花々は甘やかに香る。 柔らかな若芽の芝生は一面に敷き詰められていて、靴越しに何とも言えぬ優しい感触を齎した。 「如何ですかな? 荀ケ(いく)殿のお目に適えば宜しいのですが」 思わず溜息を吐く使者に庭の主は、くすくすと笑い声を立てる。 「…ええ、中原でも此処まで素晴らしいのは拝見した事はありません」 「嬉しい事を仰る。 何しろ最近漸く出来たばかりの上、私の見立てはからきしでしてな…荀ケ(いく)殿の御墨付きを頂けたのならば胸を張れます」 「ご謙遜なさいますな。素晴らしいお見立てですのに」 急拵えと言う割には庭全体の調和が取れている。 財政も豊かな勢力だと言うのに、成金たちが金にあかせたような趣向はなく、 見栄えの良い幾らかの岩と明るい緑や花々だけが品良く庭を彩っていた。 司馬懿の言う通り、歴史の浅さ故に年月の齎す深みは無かったが、若々しい印象が却って新鮮だった。 感動と共にゆっくりと辺りを見渡しながら、感嘆の溜息を再度零す。 この庭は、きっと荀ケ(いく)だけでなく、誰もが一目で素晴らしいと称賛する庭である。 だが、誇るべき司馬懿は自慢するというには些か熱に欠けた物言いと態度で、僅かながら戸惑いを感じた。 自己顕示欲が無い、というよりは、興味が無い、と表現した方が良い。 - - - - - - - - - - - - - - 2011/12/05 ikuri 仲達は史実通り、育ちも良いし賢いけれど、芸術的センスは皆無で。 でも、生まれながらに良い物に囲まれてたから、物の良し悪しを判別することは出来たりしてるといい。 戻 |