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「この庭が美しくあれば、子桓が喜ぶので念入りに整えさせているだけです。 そうそう、少し前に西域から子桓が好きな葡萄の樹を取り寄せたので、秋を楽しみにしておりましてな…ほら、彼方に」

 男は庭の奥を指差した。そこには藤棚のように棚が設えてあり、心地良さそうな日陰を作っている。
 群雄割拠しているこの乱世に、遥か西域から遙々取り寄せねばならぬ葡萄の樹は希少な物だ。 例え一本であろうとも、富豪や王族達でさえ手を出すのを躊躇うと言われるほどに至極高価であるのだが、 青々と茂ったその樹は惜しげもなく何本も植わっていた。
 あの樹だけでも相当な労力と資金が要った筈だ。庭を含めたら子供一人の為だけに一体幾ら費やしたのか想像も付かない。

「曹丕様の為に、何故、そこまで…」
「貴殿は尋ねてばかりですな。『何故』、などと言うまでもなく分かっていらっしゃるのに」

 怖い程の深い愛情と強い執着を滲ませて、くすり、とおかしげに司馬懿が笑む。

「…分かっております。だからこそ理解が出来ぬのです」

 その姿に気色ばみながら、荀ケ(いく)はその笑みに嘘偽りなく答えた。
 司馬懿が曹丕を我が子に接するのと等しく…否、それ以上に愛おしく思っているのは一目瞭然である。 ただ、関心を一身に集める程、司馬懿は曹丕の何処が気に入ったのかだけが荀ケ(いく)には分からない。

「…あの方が優秀だから、と言うだけではないのでしょう?」
「当然です。どれだけ優秀な者が居ようとも、私は子桓だけを選びますよ。あの子は私の特別なのですから…」









- - - - - - - - - - - - - - 2011/12/25 ikuri
 この時代の葡萄はアレクサンドリア系の翠色の葡萄がメインだったと昔調べた記憶があります…。