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「…貴方ならば、その名望と勢いで、賢い美姫も美童も思いのままに侍らすことが出来るでしょうに」

 不可解、という思いを隠さず溜息を吐く。
 …そう、荀ケ(いく)には到底分からないのだ。今、司馬懿が甘く彼の名を呼び、特別なのだと言い切る理由など。
 確かに曹丕は幼き頃から文武に秀で、見目も歌妓であった母に似て整っている。 荀ケ(いく)の目から見ても、庶子と雖も何れは曹家を盛り立て、世に名を残す一廉の人物となる器であったから、 俊英を好む司馬懿の目に留まっても可笑しくはない。
 だが一方で、子供らしくはない冷静さや分別を持つ曹丕に父母の寵は薄く、 そのせいか何処となく影を持ち、馴染み難い子供でもあった。 陰気だ、冷酷だと幼いながらに囁かれもする子だから、曹操の数多居る優秀な子供の中で、 敢えて曹丕のみを選ぶ理由もないように思えてしまう。
 ましてや今は精神が著しく退行しているのでは尚更だ。 嘗ての美点すら生かせそうにもないのだから、目の前の男にとっての曹丕には、 欠けた部分を補って余りある…それ以上の何かがあるというのだろう。 荀ケ(いく)を含めた他人が全く以て理解し得ぬ何か、が。

「…では…、どうあっても曹丕様をお返し頂けないのでしょうか?」
「愚問ですな。あの子は私の全てと言っても過言では無いのですから…例え中華一つと引き換えとしても手放しませぬよ」
「…曹丕様が、望まれても?」

 荀ケ(いく)の言葉に、緩やかに刻まれていた男の歩みがぴたり、と止まった。荀ケ(いく)も倣うように足を止めた。









- - - - - - - - - - - - - - 2012/01/09 ikuri
 ここは史実丕様の描写(※見た目除く)を交えて、ケ(いく)様が地雷を踏んだ瞬間までのターン。(何)