2−14 「…『曹丕』が、望む? それだけは決してありえませぬな…そうでしょう? 荀ケ(いく)殿」 射抜いてくる両眼。そこに浮かぶのは怒りだろうか、憎悪だろうか。 荀ケ(いく)に向けただけにしては強すぎる闇が垣間見えた。 ―――――曹丕様に一体何が降りかかったのか? 否応無しに想像させられる惨状に、恐怖に似た震えが背筋を這い上がり、喉を締め上げる。 息を飲んだ使者を哀れむ様に彼が口端を釣り上げれば、華やかな新緑は視界から消え失せた。 一軍の君主とは言え、随分と年下の彼に臆した訳ではない。獲物を構えた敵と対峙したこととて、幾度もある。 しかし、司馬懿が一歩距離を縮めるだけで、平穏を謳っていた一切の音を掻き消されてしまった。 「今、此処にいるあの子は司馬懿軍[わたし]の『子桓』なのですよ。曹操軍[あなたがた]の『曹丕』はあの戦場で――」 「ちゅうたつ!」 「「!!」」 息を飲んだのは二人ともだった。 『死んだのだ』、と。 恐らくそう続けられただろう司馬懿の言葉を絶ったのは、渦中の子供の声であった。 ぱたぱたと忙しなく軽い足音はまだ振り返らぬ背へと向かい、甲高い声はじれったげに再度その名を呼んでいる。 その声に司馬懿は一呼吸をして、険しい表情を一切潜めると、ゆっくりと振り返った。 一気に此の場の重苦しい雰囲気が霧散する。男のその背が完全に見えると、漸く緊張感が抜けて、震える息を吐く。 そこにはもう闇の一欠片も垣間見えぬ、ただ子供に対する慈愛に溢れた好青年が、両手を広げて子供を待っていた。 - - - - - - - - - - - - - - 2012/01/15 ikuri このシリーズの仲達は丕様に怯えられると困るので、好青年モードで接するのがデフォです。 戻 |