2−15



「…ちゅうたつ、おはなし、おわったの?」
「…ああ、終わったとも。子桓の方は、良い子で待ってられたか?」

 呼びかけられる前に司馬懿の姿を認めて、一直線に駈けてきた子供は喜びに息を弾ませながら甘い声で訊いていた。 その左手には弓のしなやかな弦を携え、背に矢筒を背負っていたが、それでも構わず胸元へと勢い良く抱き付いた。

「いいこにしてた!」
「ああ、そのようだな。…弓の鍛錬をしていたのか」
「うん、あのね、しゅくしが、おしえてくれたの」

 伸び上がった子供は抱きついていた腕を上へと伸ばした。 司馬懿が応えて屈むと、それは子供の意に叶っていたらしく、上機嫌に首元に抱きついて頬をすり寄せる。

「そうかそうか、叔子は弓が得手だからな。…おや、噂をすれば」
「子桓殿!」

 曹丕に付いていた武将達が全力でこちらに駆けてくる。恐らくは不意に走り出した子供に置いて行かれたのだろう。 子供を護衛するという任務を帯びた彼らには失態に他ならず、子供の傍に居た主君を認めるや総じて蒼白になった。

「殿!」
「申し訳ございませぬ!」
「良い、良い…大方、子桓が勝手にいなくなったのだろう」

 跪拝する臣下に咎める事はなく、彼は穏やかに笑う。 子供はと言えば、何故彼等が謝っているのか分からないのだろう。きょとりとした表情で大人達を眺めていた。









- - - - - - - - - - - - - - 2012/01/23 ikuri
 叔達は置いていかれたのです…。(武力37の悲劇/ぇ)
 あと杜預が空気になってるのに気付いた…(死)