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「叔子、子桓の調子はどうだ?」
「は、益々上達しております。元より子桓殿は筋が宜しいので、いずれは名だたる名将にも負けぬ弓の名手になられましょう」

 羊コは恭しいながらも、弟の成長を喜ぶ兄の様な感情を滲ませて穏やかに奏上した。 彼もまた曹丕を好ましく思っているのだろう。 曹丕が羊コを見つめる眼もまた柔らかい。

「ほう…凄いな、子桓」

 紡がれた羊コの報告に司馬懿は至極満足したらしい。 羊コが深々と拝礼するのに頷くと、労りと褒美の意味を込めて優しく曹丕の肩を撫でた。 その丁寧な慰撫に子供が嬉しげに頬をほんのりと染め、あのね、と稚い口調でおずおずと口を開く。

「しかん、ゆみでちゅうたつをまもってあげるの」
「そうか、それは頼もしいな。ではその時を楽しみにしていよう」

 こくりと頷いた子供に男は微笑みながら豆だらけの手を取った。 擦り剥けたのだろうか、充血して紅くなっている箇所は痛々しく、そっと労るように口付けた。それはごく自然な所作で、実際日常的に行われている事なのだろう。子供も驚く事なく受け入れていた。

「なぁに?」
「だが、あまり無理をしてはならぬぞ? 子桓が怪我などしたら悲しいのでな」
「…うん」

 心配されている事に嬉しさでも感じているようで、彼は僅かにはにかんだ。

「叔子は優秀な師父だ。これからも叔子の言うことを良く聴いて励みなさい。きっと良い結果になって返ってこよう」
「はい、ちゅうたつ」
「子桓は良い子だ…」

 神妙に頷いた子供の額に司馬懿が唇を落とした。そっと腰を抱き寄せて抱き込む。

「…叔子、引き続き子桓を宜しく頼む」
「是」

 司馬懿の言葉に羊コは深々と跪拝した。満足げに頷きながら、司馬懿が子供を抱き上げる。 君主にも関わらず自らも騎馬を駆り槍を奮うからか、先程、張コウが抱き上げた時と同じ様に軽々としたものであった。









- - - - - - - - - - - - - - 2012/01/30 ikuri
 堕涙碑で有名な羊コさんは人格者希望。
 (それよりもあまりこの頁の完成度良くならなくて泣いた…orz)