3−6 「さあ、子桓、熱いうちに食べなさい」 司馬懿は山から一つ大きな饅頭を掴むと、子供の前へ持ってきた。 そのまま子供に持たすのかと思いきや、大人が自ら千切り、子供の口元に運ぶ。 随分と甘い事だ、と本当の幼子のような扱いに眼を丸くするのは致し方ないだろう。 喩え、曹丕の手が先の鍛錬で潰れた肉刺の手当てで薬膏と真白い布で覆われていたとしても。 「たべていい?」 「まだだ…冷まさねば火傷してしまうよ」 荀ケ(いく)の驚きに二人は気付く事はなく、二人のやりとりは続いている。 曹丕が小さな唇を尖らせてふうふうと息を吹きかける。 一口大の小さな欠片は冷めやすくなっており、すぐに司馬懿の指が子供の口に運んだ。 「美味いか?」 もごもごと口を動かしながら、曹丕がこっくりと頷く。 綻んだ子供の頬に微笑みを浮かべながら、また一つ司馬懿が取り分けた饅頭の欠片を口に運び、 子供は雛鳥のように口を開け、頬張った。 時折、仲達も、と子供が真似をして無事な方の手で欠けてしまった満月の欠片を手にする。 促されるままに口を開けた君主の顔は、酷く優しく甘やかに向けられていた。 (…嗚呼なんて理想的な『父子』の姿か。…否、寧ろ仲達殿のあれは…、) 「では我らも戴きましょう。さあ、荀ケ(いく)殿もお一つ!」 「!」 呆、としている荀ケ(いく)に、張コウが一際大きい饅頭を鼻先に突きつけるようにして差し出してきた。 満月のような黄色く丸い粟饅頭はほっこりと熱い湯気が立ち、蒸したての香ばしい匂いをさせて、とても美味そうに誘う。 思わず手にとってしまい、まだ司馬懿の許可が出ていない事に気付いて慌てふためいたが、周りの武将は我先にと手を伸ばし、かぶりついていた。 司馬懿はその光景を微笑ましげに眺めていた。 荀ケ(いく)のように遠慮をしているらしい武将には手ずから渡している。 護衛を務めるトウ艾にまで渡され、彼は困惑しながらも隠しきれない嬉しさに吃りながら礼を述べている。 男の眼が此方を向いた。『荀ケ(いく)殿もどうぞ?』とにこやかに勧めてくる。 その腕にはやはり曹丕がいて、司馬懿の好意的な眼差しとは対照的に荀ケ(いく)へ冷ややかな嫉妬の眼差しを向けてきた。 包帯に包まれた手が司馬懿の袂を引っ張って気を引くと、焦れた曹丕が顔を引き寄せ…。 - - - - - - - - - - - - - - 2012/04/16 ikuri 時系列的には2−17の後です。 手を怪我しているのをこれ幸いとお膝抱っこして餌付けしてる仲達氏。他の武将は慣れっこです。(特に張コウさん) 戻 |