3−8 「私です、張将軍!」 わざと音を立てながら小道を通り、辛うじて姿が見える位置へと足を進める。相手は驚き…怪訝そうな表情を浮かべていた。 「…どうなさったのです」 「酔い醒ましに四阿をお借りしようとしたのですが、恥ずかしながら迷ってしまいまして…。 任務中に申し訳ありませんが、宴席までの道を教えて頂けないでしょうか?」 「…ああ、そうでしたか…。確かに夜のこの庭は迷い易いでしょうな」 答えれば張コウは少なくとも表向きは疑念の表情を取り払い、未だ警戒するように見つめている部下の矢を下ろさせた。 『よろしいのですか』と小さく伺いを立てる兵も当然居たが、張コウはこの場で事を荒立てる心算はないらしく、 ただ日に焼けた指先を屋敷の反対側に向けた。 「宴席はあちらの回廊沿いに行った方が宜しいでしょう。 ですが屋敷の内とは言え、深夜にお一人でいらっしゃるのは些か危険です。 差し支えないようでしたら今、兵に案内させますので」 「はい、ありがとうございます。よろしくお願いいたします」 「荀ケ(いく)殿、諸将によろしくお伝え」 「…張コウ殿?」 「! 中庶子、何かございましたか」 その時、中から張コウに声が掛かった。 口を噤む荀ケ(いく)とは反対に張コウは忙しなく口を開いた。 「話し声が…誰かいらしたのですか?」 「そうです、庭にお客様が…」 「お客様…?」 張コウが庭先から声をかけると、人の良さそうな男の声が返ってきて、それに若干安堵した。 万一、女の声…つまり後宮に迷い込んでいたら体裁が悪すぎる。 建物の配置からして奥向きではなく、男子禁制の奥に兵もいる訳がないから、 決して斯様な事にはならないと確信はしていたものの、与えられた声が男である事にこれ程安堵した事はない。 「夜分に申し訳ありません。私は宴に招かれた者なのですが、庭で迷ってしまいまして…」 - - - - - - - - - - - - - - 2012/05/07 ikuri 冷や冷やしてる荀ケ(いく)様の心労も虚しく、仲達氏には妻子が未だ居ない設定です。 戻 |