3−9 立ち入りすぎぬ程度にいざり出て軒先に膝を着く。 室内は灯り一つだけであった。しかし、月華は床に伸び、そこを発光させているせいか明るい。 荀ケ(いく)は眼を凝らした。彼方からは逆光で見えないだろうが、荀ケ(いく)からは朧気ながら中の様子が見て取れた。 室には文官らしき小柄な男がいた。膝には何かを抱え、文机からやや間を空けるようにして座っている。 「ああ、それはお困りでしたでしょう…そういう事情がお有りでしたら、兵の一人に案内させましょう」 「忝ない。とても助かります」 ほう、と安堵の溜め息が漏らした荀ケ(いく)に、相手は、ふふ、と密やかな笑い声を立てる。 「いえいえ、直接御案内出来ずに申し訳ありません。漸く子供を寝かしつけたばかりなので、動くには忍び難くて…」 彼は膝元の物体を優しい手付きで撫でた。 膝掛けか何かかと思っていたのは、子供であった。司馬懿の屋敷にいることからして、親族の子供と傅役なのかも知れない。 「いえ、お気持ちだけで充分です」 「有難うございます。…ああ、また雲が少し出て参りましたね…」 空を見上げれば叢雲が。闇を増した庭先と対照的に室内の明るさが増す。 橙色の灯りで、燭台の横に真面目そうな持ち主を示すように整然と積まれた数本の書簡と、 やはり文官然としたほっそりとした体躯が浮かび上がる。 その背はきっちりと伸びていて、曹丕と同様に戦で失った誠実で真面目な知己を思い起こさせた。 「月明かりだけでは不便でしょう? 宜しければ、此方の燭をお持ち下さいませ。私には不要でございますから」 彼が灯りを、つ、と指先で押しやるとちろちろと焔が揺らいだ。 「そこまでして頂く訳には…」 「構いません。この子が眠るのには不要でしょう?」 - - - - - - - - - - - - - - 2012/05/13 ikuri 勿論、両方ともモブではありません^^; 戻 |