3−12



 しかし、自死など出来ようも無かったのだと荀ケ(いく)は思っている。 陳羣の如何なる『死』とて、劉備軍は認める筈が無かったからだ。殺すつもりなら非力な陳羣など、捕虜にする前に亡き者に出来る。 にも拘らず、ほぼ無傷で捕えられた娘婿は丁重に扱われ、高官による直々の取り調べ(と言う名の説得)を受けていたと言うから、 恐らく劉備軍は最初から投降を促すつもりで彼を捕えたのだろう。
 死ぬことも出来ず、逃げることも叶わぬ、と。
 察しただろう陳羣に残された道はただ一つ。生き伸びることだけだ。
 だがそれは決して救いの手を期待してのことではない。 喩え捕虜のまま耐えて救いを待っていたとしても、元よりいがみ合う両軍で交渉が上手く行く筈もなく、先の侵攻にて曹操軍が負った痛手もまだ癒えていなかった。 内政を担う彼がそんな状況を知らない筈もなく、何より曹丕の結末を知っていて尚期待するなど余程の阿呆か自惚れ者である。

「…荀ケ(いく)様、私は…」
「私は責めてる訳ではないのです。私にとって、貴方が生きてくれた事は何にも替え難いのですから…」

 だから詰る心算も、蔑む心算も荀ケ(いく)には毛頭無かったのだ。 仮令、陳羣と戦場であいまみえても無事な姿に安堵しこそすれ、負の気持ちは欠片も抱かなかっただろう。
 彼は文吏であって、潔く戦場で散る事が美徳とされる武官ではない。 一朝一夕に効果が出ぬ政を成し遂げるには、永きに渡り強かに生き抜き、機を窺う事が文吏の美徳であり、民を安んじることが可能なのである…喩えそれが敵軍だったとしても、だ。










- - - - - - - - - - - - - - 2012/06/25 ikuri
 そういえば陳羣殿は子丕様の乳母…じゃなかった筆頭教育係です(得意分野は政治)。
 ゲームでは陳羣殿を政治パラメータ100に育てる、これ海石のデフォルトです。