3−14 だが陳羣が身を寄せたのが同盟国であるならば話は別である。 彼が願いさえすれば、交渉をせずとて司馬懿は帰国を許してくれるだろう。 それなのに陳羣が司馬懿軍に居る事も、生きているとだけでも今の今まで知らなかった。 陳羣が荀ケ(いく)の娘婿ということを知っている筈の司馬懿からさえ、一言もなかったのだ。 もし宴を抜け出さず、庭でも迷わなければ、何も知らないままで帰城の途に着いていたかもしれない。 「もしや司馬懿殿に口止めをされたのですか? それとも」 「違います、荀ケ(いく)様、殿はそのようなことは決してなさいませぬ…!」 「では、長文、何故…」 尚も言い募った。 答えぬ彼の顔を、そこに答えが浮かんではいやしないのかと食い入るように見つめた。 そうしていると、彼は唇を戦慄かせながら両目に薄く水の膜を張らせていくので、ただただ息を呑む。 「長文、」 「っ…私が、殿にお願いしたのです…! 私は、命惜しさに降将となった身…今更、報せたとて貴方達の汚点にしかなりませぬから…」 「そんな…!」 『そんな事はない。私達も殿も誰も貴方を責めない』と言おうとした荀ケ(いく)の声は掠れて潰えてしまった。 言えたとしても何も変わらないのだろう。 どの様な言葉で否定しようとも、真面目な陳羣は降将となって生き延びてしまった事を恥じるのだから。 「…帰参…しては、くれませんか」 陳羣の声に感化されたかの如く、みっともなく震える声に陳羣は静かに首を横に振った。 それは決定的な否定であった。 妻や子を愛していた彼にとってそれはどれほどの辛さであろう、と懸念していたが、見据えてきた眼はそれだけではない強い決意を秘めて、揺らぎなく荀ケ(いく)を見つめていた。 - - - - - - - - - - - - - - 2012/07/23 ikuri 若い愛人(仲達)との生活のために別居を決行した妻(陳羣殿)を引き留める夫(いく様)ような内容に…! 戻 |