3−17



「やだ…ッ!」
「ああ…子桓様、大丈夫ですよ。怖がる事はありません」

 不安定な精神を宥める為には、宥める側こそが落ち着いていなければならない。 陳羣もそれを心得ての事だろう、泣いて暴れる身体を物ともせずにゆったりと背を撫でながら彼は言った。 小柄な手が力の限りに腕を掴もうが、爪を立てようが為されるがままにしていた。

「大丈夫…荀ケ(いく)様は、仲達殿が兄上とばかりに敬愛なさっている御方なのですから」
「…、…ちゅう、たつ…」
「そう、仲達殿ですよ。仲達殿が子桓様に、怖い方をお会いさせる訳がありませぬでしょう?」
「……、」

 曹丕の劇的な変化に荀ケ(いく)は瞠目した。
 視線の先には、うっすらと涙で潤んでいる瞳で未だ恐怖に小さく震える曹丕がいる。
 しかし司馬懿の名が出た瞬間、激しく燃え盛る炎が被せられた水に打ち消されてしまうように、その感情の高ぶりはすっかり鳴りを潜めた。 睫に小さな滴を付けながらも、穏やかにあやし続ける陳羣の声にじっと耳を傾けるようになっていたのだ。
 それを成した陳羣は、自らが放つ言葉の一つ一つが充分曹丕に効くと確信して口にしているだけではなく、 恐らくは何度か踏んできた修羅場でもあって慣れていたのだろう、嬉しそうに微笑みはしていたが特に安堵した様子もない。 優しい手付きで薄い背を撫でながら更に地盤を強固なものに固めていく。

「荀ケ(いく)様は、仲達殿の兄上にも等しい御方…。それに、私の義父上でもあるのですよ…怖がらないで下さいませ」
「!」












- - - - - - - - - - - - - - 2012/08/28 ikuri
 ベテラン保育士陳羣殿…。