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 驚きに子供は目を見開いた。その拍子に橙に染まった雫が睫毛の先からぽとりと落ちた。  子供にそれを拭う余裕はまだないのであろう。荒い息を抑え、戦慄く唇を噛み締めてから、小さく呟く。

「…ちょうぶんしふ、の…ちちうえ?」
「ええ、そうです」

 陳羣は頷いてにこりと微笑むと、ふ、と強ばりは弛んだ。それでも子供はしゃくり上げながらではあったが、まだ訝しげに疑問を口にする。

「…でも、しかん、しってる。じゅんいくさま、は、ちゅうたつのしんかじゃ、ない」
「…私も昔は荀ケ(いく)様と一緒の主の下に居たのですよ。けれど、戦で離れ離れになってしまって、私だけ仲達殿の臣下に……?」

 小ぶりの手が衣の端をそっと握り直す。ひたりと陳羣を見詰めて、唇を噛む。

「子桓様?」
「…ちょうぶんしふ、かえってしまうのか?」
「…いいえ、ずっと子桓様と仲達殿のお側におります。私の主は仲達殿ですから」
「……そうか、」

 一先ずの安心を得たのか、曹丕は噛みしめていた唇を緩ませた。 こてん、と少年の頭が胸元に置かれた。傅役を仰ぎ見る眼差しは真偽を確かめているようにも、一先ず信じてみようと思っているようにも見えた。

「…子桓様、もう少し御眠りになりますか?」
「…へいき。だって、ちゅうたつ、もうすぐくるでしょう?」
「そうですね…ええ、きっと」

 舌足らずに零すのは、安心したせいなのか。陳羣は寝かしつけるような加減で胸元に懐く子供の背を優しく撫でている。

「…だから、おきて、まってる」










- - - - - - - - - - - - - - 2012/09/03 ikuri
 長文殿、妻っぽい…。
 そういえば蒼さんと陳羣殿きゃっきゃっvとか言ってたら嘉羣話が出来上がってました。どういうこと…