3−21 「勿論、そうしよう。長文、厨に軽い物を用意させてくれ」 「はい、そう仰ると思いまして既に厨に用意させております。湯浴みは如何致しますか?」 「夕に一度入らせたからな…清拭だけで良かろう」 「ではお食事の後にご用意させるよう、申し伝えて参りましょう。…殿もいらしたことですし、我らはそのまま御前を失礼させて頂いても宜しいでしょうか?」 「ああ、それで良いぞ。本当に長い時間すまなかったな。自室へ戻るのか?」 「はい、大虎が大勢いる戦場に丸腰で向かったら無傷では済まされませぬ故、今宵は安全なる我が房で立て籠もる所存にございます」 陳羣はしれっと述べた冗談に、くっ、と喉を鳴らして司馬懿が笑う。 確かに荀ケ(いく)が抜け出した時には、既にしこたま飲んだ武将達が充分酔払いの醜態を晒していたのだ。 今やもっと酷いことなど明白で、そんな中、全くの素面である陳羣と酔いも醒めきってしまった荀ケ(いく)が二人で宴に行こうものなら、災難にしかならないだろう。 それを知っているらしい司馬懿は『それなら仕方ないな』と了承の意を口にした。 「そうだ、長文。荀ケ(いく)殿さえ良ければ、今宵は長文の私房で荀ケ(いく)殿にお休み頂くのは如何だろうか。積もる話もあるだろう?」 「それは妙案でございますね。荀ケ(いく)様、如何でしょうか? 私の房より荀ケ(いく)様の棟は酒宴に近い場所にありますので、恐らく、その方が静かに休めるかと思われますが」 陳羣の手がそっと荀ケ(いく)の手を取った。 その手は幼子が縋るように、あるいは名残を惜しむかのように指先だけに僅かに力を入れるような具合だったので、 思わず娘婿の顔を見ればその手に違わず、彼は切なげにも見える微笑を浮かべていた。 - - - - - - - - - - - - - - 2012/10/28 ikuri 次で3章ラスト〜。 戻 |