花魄の王・6 「覚えておられたのですか…」 嗚呼、と息を吐いた。 それは果たせなかった約束であった。 対等の立場であった頃、己にとって、花は単なる同盟強化の術だけに過ぎぬ意味があった。 司馬懿という一人の男に対する狂おしいまでの想いを表す、口下手で色事にも不得手な己に出来うる数少ない手段であったのだ。 「勿論だ。何故そう思う?」 「…大分、昔の事です…もう、お忘れになったか、と…」 「忘れる筈があるまい。珍しくそなたが私に約束してくれた事なのに。 …それともそなたは忘れてしまったのか?」 ずっと心待ちにしていたのだぞ、と唇を尖らせる真似。 冷徹な彼にしては珍しい幼い仕草に心が騒ぐ。 約束を反故にした訳ではない。ましてや忘れた訳では決してない。 約定を交わしたあの長安は、初夏の翠が萌ゆるこの洛陽ほどに美しくも平穏でもなかったけれど、それでもあの瞬間は言葉では尽くせぬ程の彩りと安寧を人生に添えてくれたのだ。 「いいえ、片時も忘れた事はありません」 約束を果たせなかったのは、約束を果たす前に自らが率いた勢力が滅びてしまったことが大きい。 そうしてさえなければ、何かの折に約束を果たしていたかも知れない、と時折思う。 だが、あのままで在ったとして、彼に相応しい花を果たして贈れていたのか甚だ疑わしいとも思うのだ。何故なら、 「…地に咲く花で、貴方に釣り合える花など、ありますまい…」 ――――何故なら貴方は『帝』と言う名の『神』になる。 - - - - - - - - - - - - - - 2013/05/20 ikuri 艾→→→→(厚すぎるフィルター)→→→→懿…です。 戻 |