「…冷えてしまったな。戻るぞ、仲達」 手にした衣を意識が余所に行っている臣の痩身に掛け、それでも足らぬと正面から衣ごと抱き締めてくる。 力強い抱擁は起き抜けという事もあって暖かさを齎した。 「子桓様…」 凍えた指でぎこちなく曹丕の髪に差し入れ、引き寄せる。近付いた唇に掠めるだけの口付けをした。 突然であったからか、目蓋が閉じられる事無く、薄闇の中で仄かに曹丕の瞳の色が見えた。それは僅かに驚いた色をしていた。 「…仲達、」 らしくない事をしてしまった、と視線を伏せた。 曹丕に伸ばしていた手も胸元に引き寄せる。 悴(かじか)んだ指先は爪の先まで青白く、触れてはならぬのだと知らしめるようで余計に悲しくなった。 …だが。 「…子桓様」 「…やはり、冷えるな。薪を増やしてこよう」 杞憂だと言わんばかりに冷えきった指が取られ、温かな息がかかる。室内であるのに、白く煙った事に改めて寒さを知る。 「お前は床を温めておれ」 そう言って追い立てた主は背を向けて手際よく薪をくべ始めた。言いつけ通り床に潜り込みながら、その背を見詰める。 季節を問わず、数え切れないほど重ねてきた侍従を控えさすことも憚られる秘め事。 それが高貴な身の主に火の番を習得させていた。 今も尚、曹丕の手で、弱かった火が容易く大きくなっていく。 室内も橙色に彩られ、緩やかに冬の冷たい白さを追い出していき、暖かさを感じられるようになった。 「…子桓様」 薪のはぜる音を背にして主が床へ戻ってくる。 掛け布を捲り上げる事すらさせない内に、手を伸ばして引き寄せると、また驚いたようであった。 「どうした、寂しかったのか?」 「…はい」 「愛いことを言う…」 二人の躰に上掛けを巻き付けながら抱き寄せてくる腕は、冷えきっている。 絹地の上衣の上から曹丕の二の腕を摩(さす)るも、外気が冷たすぎて些かも暖かくならず、徒労に終わった。 「子桓様、」 身をすり寄せて仰いだ。胸元の衣をそっと握り締める。 身を切るような寒さに身を置いていたせいで眠気は冴えてしまったのだろう。 どうした、としっかりとした眼差しが気遣いを浮かべていた。 顔色でも見ようとしたのか、近付いた顔を空いている手で支えた。 字を象ろうと開いた唇を食み、咥内にそっと舌を差し入れて口付けを深める。 「…もう一度、暖めて差し上げたい」 息継ぎの間に、確かな情欲を込めて囁くと主は息を飲んだようで、仲達、と掠れた声で呼んだ。 だが抱き締める腕は強くならず了承もない。 「嫌、でしたか…?」 気落ちしながら問う。視線を合わして確かめることも出来ず、突き放される前に手を引いた。 自ら誘ったくせに、臆病にもあからさまな拒絶を受ける度胸は欠片も無いのだ。 けれども竦んだ身体を引き寄せる腕があった。 「否、驚いただけだ。今日のお前は愛い事ばかりするのでな」 嬉しいものだな、と耳元で囁かれると熱が灯る。この熱が彼にも灯れば良い、と背を強く抱き締めて瞼を閉じた。 - - - - - - - - - - - - - - 2011/06/13 ikuri 仲達は丕様の背(=漢らしさ)に偶にときめいてたら良いと思います。 戻 |