「司馬殿、御昇進おめでとうございます」 「残念ながら遠方へ赴任される方もおりますが…、司馬殿が中央に残られるとは宜しゅうございましたなぁ」 何の気まぐれか、煩く喋り続ける一群から二人三人が司馬懿の元に近付いたかと思うと、口々に祝辞を述べた。 如何にも善意に溢れていると言わんばかりの声と笑顔。暗に曹丕から離れて良かったのだろう? と浅ましい本音が見え隠れする。 政情に関わること故に下手に返答することも出来ず、曖昧に頷き返した。 そうすれば相手からは嘲る様な、或いは哀れむ様な、優越感に満ちた視線が返る。小人のしそうな事だ。 彼らはたかがそれだけで満足したようで、あっさりと元のところに戻っていった。 今は仕事の中休みだからだろう、彼らが戻れば、侍女達が官吏達に差し出した白湯を手に下らない噂話を再開する。 「…そうそう、東の府に幽鬼がでるとか…」 「…夜に欄干の側を徘徊して…」 聴いてみれば政治事情ですらない他愛のない噂。 今度は何とも暢気な事だと思わず嘲笑いがこみ上げてくる。 思わず緩みそうになる口元を、湯飲みを口にすることで隠そうとした。 だが、飲みかけた拍子にキシリ、と胸が痛み、口を湿らすまでもなく置いてしまった。 「おや、司馬殿、どうなされました?」 「いえ…」 司馬懿の様子を目敏く気付いた者が声をかけてくる。何でもないと返しながら、不意の不調に内心首を傾げた。 (…まあ、慣れぬ仕事で疲れが出たのかも知れんな) 結局、そう判じた。痛みもそれきりだったので元の様に筆を進める。 ―――――外ではまた花びら程の綿雪が降り始めていた。 - - - - - - - - - - - - - - 2012/02/20 ikuri ちょっとやさぐれ仲達が売りにしたかったのにグタグタに・・・。 戻 |