―――――【訪客・1】―――――



 夜半になっても雪は止まず、地上でさえ一寸程の嵩になっていた。足音も気配でさえも降る雪が吸い込んでいく様な錯覚を覚える。 そんな夜に人目を憚り、執務室を訪ねてきたのは陳羣であった。

「…あまり、彼の方の状況がはかばかしくないようです」

 年長の陳羣に寒さの中、立ち話をさせる訳もなく、快く迎え入れた矢先。重々しく告げられた言葉に暫し瞠目した。
 彼の方、と言うのは自分達の教え子であり友であり主である曹丕の事だ。今は隣県を荒らす、地方軍閥崩れの賊を討伐に赴いている。

「…何故です? まさか、曹丕殿に何か?」

 首を捻りながら問い返した。確かに曹丕には一武将としての参戦は数多こなしていたが、総大将としての討伐経験が浅い。 それ故に戸惑う事もあるかと思ってはいたが、彼の曇った顔に事態が遥かに深刻なのだと知れた。

「いえ、幸いながら曹丕殿にお怪我もなく、兵の士気も高いままだそうですが…」

 そこで陳羣は言葉を区切った。息を吐いたようで、僅かに白い湯気が立ち上る。

「…軍に、種々の悪質な流言が蔓延っているようで…」
「…陳羣殿、それはもしや私の噂ですか?」

 一瞬、曹丕自身の噂かと思ったが、それは有り得ぬと思い直した。 仮にそうであれば、総大将である曹丕に不信が起こり、士気が著しく低下する筈だが、初めに陳羣は否定している。 だがわざわざ人目を偲び、己に伝えにくる、という事は曹丕の評価に関わる故の忠告ではなく、己、もしくは司馬の姓が原因の噂であると言っている様なものであった。
 案の定、彼は肯んじた。 苛立ちと悔しさに塗れたそれは、流言にて人を貶める輩如きが己『も』陥れようとしているということに、清廉な陳羣には許し難く軽蔑に値する行為だったせいだろう。










- - - - - - - - - - - - - - 2013/03/28 ikuri
 忙しさにかまけて引きこもってた間に中の人について訃報が出ていたなんて…orz
 惜しい方を亡くしました…ご冥福をお祈りします;;

 訪客…ほうかく。訪問客。