寵臣












「孫権様の寵臣って誰だろうな」

「は?急に何言ってんの、アンタ」

呉の中心地、建業。
その更に中央は、孫権が君臨する城である。
其処には多くの武将や文官が己の職分を果たすべく、仕えている。
しかし、陽気なのも孫呉の気風ゆえ、騒ぐのを止められないのも事実だ。
そして今日もいつもの面子で集まって呑んでいる武将たちなのだが、甘寧が唐突に言い出した。
あまりにも脈絡のない言葉に反応したのは凌統である。
呆れた調子で言えば、甘寧が口を尖らせる。

「曹操っていやあ荀イクだし、劉備にだって諸葛亮がいるだろ?うちの殿には誰なのかと思ってよ」

確かに、世に名高い英雄たちの側には、その人を象徴する人物が侍っている。
しかし自分らの主には?
甘寧の疑問に、その場にいた全員が各々が考える孫権の『寵臣』を思い浮かべる。

「諸葛瑾殿ではないか?劉備と比較する訳ではないが…頼りにしておられる」

口火を切ったのは呂蒙だ。
諸葛亮の兄の諸葛瑾は、孫権に厚く迎えられた。
故に信頼の仕方も並々ならぬものがある。

「俺ってぇのも考えられんだろ?案外厚遇されてるぜ?」

「いや、ないない」

甘寧が立候補すると凌統が軽く一蹴した。
呉に甘寧ありと孫権に言わしめた実績もあるが、凌統のお気には召さないようだ。

「じゃあ誰だってんだよ?」

「やっぱり魯粛殿でしょ、孫権様もえらく頼りにしてるしね」

蜀に傾いていると取られがちの魯粛だが、常に孫権を引っ張っていく、呉になくてはならぬ存在である。
流石周瑜が見込んだだけはある、というところだ。
三人が自分の推す人物について暄暄諤諤と言い争っていると。

「皆さん、大事な方を忘れてはいませんか?」

くすくすと苦笑を溢しながら陸遜が口を開いた。
不意を付かれた三人は、それまで静かに呑んでいた青年を振り向いた。

「どういうこったよ」

「もっと孫権様のお側に居る方がいるでしょう?」

その言葉が意味するところを理解出来ず、甘寧は陸遜を問い詰めた。
しかし陸遜は答えを匂わすばかりではっきり口にしない。
だが他の二人は解答を思い付いたらしく、目を丸くする。

「あ、そういえば」

「すっかり抜けていたな」

「凌統もおっさんも判ったのかよ?」

「むしろまだわかんないアンタにびっくりだっつの」

「んだと?」

「まあまあ…では甘寧殿に答えをお教えしましょう」

「お、おう」

今にも喧嘩を始めそうな二人を制して、陸遜が口を挟む。
陸遜の言葉に、甘寧は大人しく陸遜に向き直り、固唾を飲んでその先を待つ。

「孫権様の一番の寵愛を受けている人物、それは……周泰殿です」

「…ああ!」

陸遜が上げた人物に甘寧も納得する。
周泰は孫策の元に参じた江賊であるが、孫権の命を救い、それからは孫権の絶対の信頼を勝ち得た男である。
孫権は周泰を常に側に置き、周泰も、本来ならば下位の兵卒がやるような身辺警護を進んで行う。
寵愛というよりは相思相愛に近いが、他の二国の主従にひけをとらないのは確かだ。

「しっかしよぅ、寵愛ってのァ偉ぇ方がするモンだろ、周泰が…って考えると、面白ぇっつうか怖ぇっつうか」

「甘寧…お前、此処に周泰がいたら斬られるぞ」

「容赦ありませんからね」

「つうか、周泰さんにでも誰にでもいっぺん斬られてみたらいいのに…」

今度は例の主従二人の話でもりあがり始める四人だった。
そして。

「…っ…」

「周泰、寒いのか?」

「……いえ……」

ちょうどその頃、護衛中の周泰がくしゃみしてたとかしてないとか。












エンド







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二文字御題から「寵臣」
なんか意味を履き違えた気がしなくもない。