代償 突如現れた遠呂智は世界を変えた。 大切なものを奪われ、敵ばかりの異世界に放り出された者たちは、選択を強いられる。 強大な力に与するか、抗うか。 曹丕が取った行動は前者だった。 曹操がいなくなった魏を背負って、遠呂智と同盟を結んだのだ。 其れをよしとしない魏の将は、曹丕の元から離脱した。 辛うじて残った臣下たちも、曹丕への不信感を隠さない。 反乱軍と戦い、そちらに身を寄せる者も少なくない。 周囲から孤立しながら、曹丕は尚も遠呂智に膝を折る。 去る者も追わない。 今は立ち上がる時ではないことを、知っているから。 胸に秘めた大計は、今は曹丕だけが理解していれば良いのだ。 石田三成は曹丕に良く似ている。 周りの理解など求めずに信じる道を邁進する。 仕えるべき主も、最も頼みにする家臣も顧みず、単身妲己の元に来た事でもそれは容易く知れる。 三成は敵の喉元で其の日が来るのを待っているのだ。 曹丕はそう確信している。 恐らく三成も曹丕の本心を見抜いている。 要所要所で曹丕を庇う発言をするのはだからだろう。 つまり接する時間が増えるに従い、親密になるのは必然だったに違いない。 夜、部屋を訪ねる程には二人の仲は縮まっていた。 「何を考えている」 目の前、机を挟んだ向かい側に座る三成が問う。 其の顔は酒の所為で赤い。 「何…最初の頃のお前の無愛想さとは比べ物にならぬと思ってな」 「ふん、それを言うならお前の顰めっ面も相当なものだったぞ」 嫌味を投げ掛ければそれ以上に辛辣な言葉が返ってくる。 これでは心を許せる人間もそうそういないだろう。 (私もあまり変わらぬか…) ふっと自嘲を漏らす。 三成はそれをどう取ったのか、口角を上げて笑みを浮かべると酒を呷った。 晒された白い喉首が、嚥下と同時に艶めかしく蠢く。 机上に杯を置くと三成は唇を舐めた。 「美味い」 「気に入った様だな」 呟きながら酒を注ぐ三成に曹丕は苦笑する。 三成が飲んでいるのは葡萄酒だ。 曹丕の愛飲する其れを注ぎ足して、三成は再び杯に口をつけた。 「酔うぞ」 速い調子で飲み続ける三成を窘める。 しかし三成は曹丕の心配を鼻で笑って胸を張る。 「この程度でそんな醜態…」 「晒す様に見えるがな」 自信たっぷりに言い切ろうとした三成だが、その言葉は曹丕の冷たい一言に掻き消された。 三成は眉を凶悪に顰める。 「…お前たちはどうしてそうも過保護なのだ」 恨み言を口にした瞬間、三成がはっとして口を押さえた。 其の言葉の些少な違和感に気付いて曹丕は問う。 「…たちとは、私と誰を指している?」 「…言い間違っただけだ」 しかし三成は顔を歪め、苦々しく呟くと、それ以上は話そうとはしない。 それでは何かある、と言っているようなものだが、頭がそこまで至らないらしい。 「そうか?」 だが曹丕はしつこくは追求せずに話を打ち切った。 三成は決して子細を喋らないだろうとは思ったし、何より曹丕には理由が痛いほど判るのだ。 三成が最初はあれほど毛嫌いしていた曹丕のもとへ酒を飲みにやってくるのも、根本にこれがあるからに違いない。 多くの人間に罵倒されながらも遠呂智のもとにいる男の、たったひとつの弱さ。 「…三成」 呼ばれるとは思わなかったのか、三成がはっと顔を上げる。 酒精の所為で仄赤い目元は泣いた跡の様にも見える。 「淋しくはないか…?」 曹丕は誘う様、胸元を寛げて見せる。 三成が酔っていることも忘れて目を見開いた。 数回瞬きをすると曹丕の言葉を理解したのか、呟く。 「…淋しくなど、ない…」 それは酷く頼りない声ではあったが。 くすりと笑い立ち上がった曹丕は傍らの寝台に腰掛ける。 三成は視線を巡らせて曹丕を追う。 「島、左近」 「っ…」 三成が身を震わせた。 その名はきっと禁忌の如くしまわれていたのだろう。 「恋しくて仕方ない…と顔に書いてあるぞ…」 「何を…」 動揺する三成を曹丕は更に揺さぶる。 視線を彷徨わせる三成へとそっと手を伸ばした。 頬に触れれば頼りない視線が曹丕に向けられる。 「不安がることはない…淋しい者同士、罰は当たるまい?」 「お前には奥方が居るではないか…」 惑わす様に囁く曹丕に三成は言葉を返す。 その言葉に曹丕は自嘲の笑みを浮かべた。 したりとばかり悲しげに呟く。 「シンとは離されている…それに、あ奴は…」 しかし不意に口から溢れたのは言う筈のなかった本心だった。 はっとして口をつぐむ曹丕だが三成は率直に問うてくる。 「あ奴とは誰だ?」 「…私も大分酔ったか…」 三成の問いには答えず苦々しく呟いて曹丕はすっと手を引いた。 先程までの余裕は微塵もない。 己の失言に俯いて黙り込んでいるとぎし、と寝台が軋む音がした。 何事かと顔を上げれば、三成が曹丕にのしかかるようにして寝台に乗り上げていた。 「三成?」 「淋しいのだろう?」 間近にある顔に問掛ければ自らがかけた言葉がそのまま返って来た。 曹丕はその整った顔を睨みつけるが、三成は気にした風もなく告げてくる。 「お互い、一時の慰めにはなろう」 そして唇を重ねてきた。 合わせるだけだったそれは次第に深く、激しさを増す。 ぴちゃぴちゃと濡れた音が室中に響くのにも構わず相手を求めて、離れた時には互いに頬が紅潮していた。 曹丕は己の唇を舐めて愉しげに笑う。 「…ふふ、らしくないではないか、治部少輔殿」 「魏文帝陛下の閨房術に興味があってな」 三成の着衣を剥がしながら揶揄えば、三成も曹丕の服の袷を乱しつつ、平時からは思いもつかぬ冗談を言う。 「では、精々楽しむとしよう…」 「ぁ、ん、んぅ…」 はだけた服の袷から見えた赤い粒に触れると三成は甘く鳴く。 負けじと三成は曹丕の腹筋を撫で上げる。 「っん、はぁ…」 曹丕が熱い息を吐くと満足げに笑う。 互いの愛撫と嬌声に溺れて冷たい夜は蕩けてしまいそうな程の熱を帯びてゆくのだった。 エンド ++++++++++ 百合百合。弱々しい二人になってしまいました。 こんなんじゃない。 戻 |