故事 むかしむかしあるところにうつくしい姫がおりました…… 「…白雪姫は魔女に姿を変えた后に騙され、毒林檎を食べてしまい、死んでしまいました…」 有名な物語の一節を余韻たっぷりに朗々と読み上げる。 絵本の中では美しい姫が魔女から渡された林檎を齧っている。 傍らに横たわる子に目をやると真剣な眼差しと目が合った。 「しんでしまったのか…?」 主人公の不幸な境遇に胸が痛むのか、眉をきゅっと寄せて司馬懿に問う。 心から物語の中の人物の境遇を案じる姿を微笑ましく思いながら司馬懿は本のページを捲る。 「小人たちはガラスの棺を作り白雪姫をその中に眠らせました。するとそこに…」 「本来王子は死体愛好家という設定だったそうだ」 古ぼけた絵本を捲りながら冷めた口調で青年はそんなことを言い出した。 傍らでコーヒーを飲んでいた司馬懿は眉を顰める。 その渋面の原因は舌に広がる液体の苦みでは勿論なく、言わずもがな青年の発言にある。 「…子桓様、唐突に何を」 「どこかでそんな話を聞いた」 何でもないことのように言う曹丕に、かつて目を輝かせながら童話に聞き言っていた少年の面影は皆無だ。 勿論今の怜悧な美貌としなやかに伸びた肢体も良いのだが、かつての無垢な瞳と細く未発達な手足も捨て難いと思う司馬懿はつまり曹丕ならば何でもいいのだった。 変な知識を身につけて司馬懿を驚かせようが畢竟可愛いという結論に落ち着く辺り重症ぶりが伺える。 昔から知的好奇心は旺盛だった曹丕は幼い頃から答えを求めて司馬懿に問いを繰り返した。 長じてからは議論を望むようになった。 まだまだ頼られている、ということに嬉しさを感じつつ、今日も会話に勤しむ。 「はあ…確かにそのように言われてはおりますが」 愛用のカップをテーブルに置いた司馬懿は聞いたことのある話を記憶から引っ張り出す。 所謂童話が時代を経てその内容を変容させた、というのは有名な話だ。 おおよそのストーリーはそのままなのだろうが、残酷性や枝葉を削って汎用的に、児童向けにする。 例えば不幸な少女が幸福を得るシンデレラのストーリーのラストが継母義姉への罰というのは蛇足だろう。 シンデレラは王子と結ばれさえすれば、子供たちの憧れの存在でいられるのだ。 そこまで考えたところで、曹丕から声がかけられた。 「お前はどう思う」 「どう、とは…」 「死体が好きなのか、死体であっても愛したいのか」 王子にネクロフィリアという属性が付加されるだけで、白雪姫という個体の重要性が若干薄れる。 勿論美しさは必要なのかもしれないが、美しい死体であればいいということになるのだろうか。 そこに白雪姫の死体という必然性は不要になる。 というのは飛躍だろうかと司馬懿は思う。 しかし、曹丕が望む答えはどうやらそれとは異なるようだ、というのは、司馬懿の願望かもしれないが。 甘い雰囲気もたまには悪くないだろうと、好青年風の笑みを浮かべた。 「生憎私はそのような嗜好は持ち合わせておりませんが…」 曹丕の手の中の本をそっと取り上げ、丁重な手つきで閉じて傍らに置くと、怪訝な表情を浮かべる曹丕を抱き込むように腕の中に閉じ込めた。 「あなたのことだと思えばわかる気がします」 曹丕は抵抗せず、胸に凭れかかりながら、司馬懿の言葉に耳を傾ける。 「姿形が変わろうと、魂はあなたのものですし、あなたの肉体ならばきっと、魂がなくとも心奪われるでしょう」 耳元に口を寄せて殊更優しく囁くと、曹丕がふるりと震えたのが判った。 「つまり、どちらであっても、あなたでなければ意味がないのですよ」 なんと甘い睦言だろうか。 他人が言ったものであれば鼻で笑ってしまいそうな言葉も曹丕相手ならば苦もなく告げられる。 曹丕の反応を窺うように言葉を切った。 どんな言葉が返って来るだろうかと期待をしていると。 「…お前から、魂などという言葉を聞くとは…存外メルヘンチックなのだな」 「悪くはないでしょう?」 俯き、首筋まで真っ赤にしながら呟いたそれは精一杯の虚勢のようで、そんなところも愛しく感じる盲目ぶりに苦笑が漏れる。 いくら成長したとしても、彼を慈しみたい気持ちは幼い頃と変わらない。 お伽話のように最後には幸せであるように。 その時に彼の傍らにあるのが自分であるように。柄にもなく祈りながら、掬い上げた手の甲に口付けた。 エンド ++++++++++ 二文字御題から「故事」 むやみに現代パラレル 考察しているあたりは適当です まあいちゃいちゃさせたかっただけなんで 戻 |