■7月 萩/8月 芒



「なんだ、それは」

「ススキと萩と月見団子だ」

胸を張って答える三成に、曹丕は怪訝な顔を向けた。
聞いているのはそういうことではないと目が言っている。
睨みつける男に、三成は肩を竦めて見せた。

「日の本で仲秋に供えるものだ。ススキが生えていたから、なんとなくやりたくなった」

ここでは季節も何もあったものではないが、たまにはいいだろう?
三成が珍しくそんなことを言う。
どんな心境の変化だ、と普段なら笑うところだが、それよりも曹丕には気になることがあった。

「仲秋…月見の時には月餅だろう。なんだそのみすぼらしい球体の山は」

「みすぼらしくなどない。そもそも、月餅とはなんだ、聞いたこともないぞ」

「なんだと?」

思ったことをそのまま口にする曹丕と、見た目にそぐわず短気な三成。
二人の会話は一歩間違えば言い合いになりかねない。
一触即発の空気が流れ始めるが、しかし、思わぬ横槍が入る。

「まあまあ、曹丕殿、落ち着いて、文化の違いというのは根深いものです」

「そうですよ殿、所変われば品変わるというでしょう」

魏軍軍師、賈クと、石田家筆頭家老、島左近。
割と口の悪い二人は、主義主張も強いだけあり、時折どうしようもないことで喧嘩に発展する。
それを諌めるのは、保護者といっていいこの二人である。

「むう…」

「左近がそう言うなら…」

それぞれの部下に諭され、怒りを鎮めた双方だが、ここでまさかの人物が現れる。

「そう、大陸から伝来した文化が日の本で変容するというのはよくあることだ」

「貴様…」

毛利元就。
歴史書を編むことを趣味とする彼は、古今東西様々な事柄に精通している。
しかも故意か過失か、その場を混乱させることが多い。
事実、曹丕の声に再び剣呑なものが混ざっている。

「元就さん…あまり引っ掻き回さないで下さいよ…」

「単に月見というと意味であれば、日の本にも古くからその習慣はあったそうけど、仲秋に観月を行うという意味となると、その起源は大陸から伝わったと言われるね。月餅が日の本に伝わらなかった理由はよくわからないけど、月見団子は芋の代わりと考えられている。芋というのは、つまり収穫の象徴だね。中華においても、仲秋の観月の元は、収穫を神に感謝するというものから始まったもののようだ。その方法が変わってしまったというのに、どちらの国でもこの時期の月見には豊作祈願の意味合いが強く残っているのは、とても面白い」

左近の苦言は聞こえたのか、元就の話は止まらない。
もはや誰かに話しているのか、それとも考えがだだもれなだけかも判然としない彼の言葉は、好き勝手に展開する。

「そうだ、中華では月にいるのは何なのかなあ。興味があるよ。有名なのは嫦娥かな?」

「…なんだ、この男は」

さすがの曹丕も呆れ声である。
その呟きを聞いた賈クは、楽しそうに笑う。

「少々変わった御仁のようですなあ。お相手をしていると退屈しなさそうだ。毛利殿、こちらでは兎が薬を煎じている、というのが多いと思いますよ」

「薬、ですか、兎は同じですが、日本では餅つきですね」

左近も話に乗ったところで、空気を壊す声が一つ。

「……なんで餅なんだ」

「あ、ちょっと、曹丕殿」

「なんだと!薬も大概意味が分からんぞ!」

「ああ、殿も突っかからないで」

せっかく鎮火しかけた火種が再び点火する。
従者二人の思いも虚しく、もう収まりそうになかった。
しかも、運悪く、別の人間がさらにやってくる。

「おい、何してんだ、お前たち」

加藤清正。
普段は常識人の彼は、基本的には問題ないのだが、極稀に事態を悪化させることがある。

「ああ、清正さん、実は」

「こいつが月見団子を馬鹿にしたのだ!」

あわよくばこの場を一緒に納めてもらおうと、左近が話しかけようとしたところで、三成の声が響いた。
しかも微妙に合っているような間違っているような、説明になっていない説明。
吉と出るか凶と出るか、清正の様子を見ていると。

「……おねね様が丹精込めてお作りなった団子を…馬鹿にしただと…!?」

「やっぱり面倒なことになった」

拳を握り締めて低い声を上げた清正に、左近は天を仰ぐ。
そして、火に油を注ぐのは、やはりこの男。

「ちなみに、月に何がいるか、というのは、月の模様をどう捉えるかによる。つまり、お国柄に左右されやすいね。この前アキレウスに聞いたら、蟹に見えるとか…むぐっ」

「はいはい、元就公は少し黙りましょうね」

しかし、背後から現れた宗茂に口を塞がれ、そのまま抱き抱えられるように引き摺られて無事退場。
だが、元就一人がいなくなったところで、この場の混乱がなくなるはずもなく。

「蟹!?蟹とはあの、鋏のある蟹か!?」

「蟹は納得ゆかぬ…奴のところに行くぞ」

「その前にお前はおねね様に謝れ!」

「清正、うるさい」

新たな火種の予感を感じさせる言葉とともに、喧騒が遠ざかってゆく。
止めることを諦めた二人は、静かに三人を見送った。

「…元気ですねぇ」

「若者はいいですなあ」

現実逃避も甚だしいが、こんな日があってもいいのかもしれない、と思う二人だった。








エンド







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早くも苦しいネタ。
大殿と宗茂を出したかっただけともいう。
何があれって、7月と8月を一緒にしてるあたり、もう限界ですね。