■11月 柳



徐庶はホウ統が好きだった。
飄々とした佇まいも(ただ、彼が決して楽天的というわけではなく、頭の中でいろいろなことを熟考したうえで、ああして何でもない風を装っているのだと知っている)、後ろ暗いところのある自分のような人間にも変わらぬ態度でいてくれるところも(もっとも、司馬徽門下の人々は、皆自分相手に遠慮などはしないのだけれども)、体を動かすのが得手ではないのか、少し億劫そうな所作も、本人はどうやら好きではないようで、あまり晒そうとしない容貌も(どちらも徐庶は気に入っている)、少しずつ知るたびに、少しずつ好きになっていった。
そうすると、こちらの話を聞いて、相槌を打ったり、同意したり、時に議論したりする声も、時折見せてくれるようになった、優しく目を細めた笑顔も、すべてを好きになった。
けれども、この気持ちを打ち明けたことはない。
これからも、告げることはないだろう。
こんな気持ちは迷惑だろうという迷いもあれば、拒絶されてしまった時の辛さを想像するだけでぞっとするような恐怖が押し寄せてきて、躊躇ってしまう。

(ああ、俺はなんて卑怯なんだ)

だが、そんな気持ちに蓋をしたまま、彼の傍で笑って、勝手に傷ついているのも、これで最後だ。
なぜなら、今日が彼との別れの日だから。
この広い国で、また会えるという保証はどこにもない。
その事実に、身を裂かれるような痛みを感じながら、同時に酷く安堵している。
そのくせ、未練がましく、こうして二人きりになって、何かしらの記憶を残したくて、彼を引き留めている。

「士元は…ここのみんなが好きか?」

「なんだい、藪から棒に」

下手な質問だ。
仮にも六韜三略を齧った人間がするには相応しくない。
事実、ホウ統も苦笑を漏らしている。
それでも、馬鹿げた問いを繰り返した。

「なあ、どうなんだ?」

「そうさねえ、まあ、離れるのを寂しく思う気持ちはあるよ、わりと長いこと一緒にいたからねぇ」

結局、ホウ統は今の気持ちを聞いているのだと解釈したようだ。
随分と素直な言葉を口にした。
その調子は相変わらず何処に本心があるのか悟らせない、軽い口調だったけれども。
ただ、それは、徐庶が望む答えではない。

(当たり前だ、俺のこと、どう思ってるか、なんて、聞かなきゃわからない)

内心、そう自嘲する。
彼にしてみれば、友人に懸想されているなんて、露ほども思っていないだろう。
それでも察してほしいと思うのは、ただの我儘だ。

「俺とも離れるの、寂しいって思ってくれるか?」

「…今日はまた、随分と小さな子供みたいなことを言うねえ」

「…うん、感傷的になってるのかもしれないな」

少しだけ、勇気を出して聞いてみた。
気付かれなかったが、おかしいと思われても仕方のない問いだ。
結局、自分は何をしたいのだろう。
最後だ、などと嘯いたくせに、未練がましい。
告げることはしたくないと思いながら、相手には何らかの形で気持ちを感じ取ってほしいのか。
彼と離れることになって、自棄になっているとしか思えない、支離滅裂な行動だ。

「お前さんは自己評価が低いからねえ、もうちょっと自信を持った方がいいよ」

幼子を諭すように優しく言うホウ統は、きっと仲間とか同胞とか、そういう意味でなら徐庶に好意を返してくれるのだろう。
いくら自虐的とはいえど、その程度の自惚れは許容できる程度に、親しくしていた。
だからその立ち位置に甘んじていた。
きっといつか離別の時がやってきて、その居心地のいい立場さえ手放さなければならない日が来ると、判っていたのに。
そして、その日がやってきた途端、これまでは目を逸らしてきた、もっと近しい関係が欲しくなった。
これでは本当に、ただの子供だ。
だから。

「うん、そうだね、そうなれるかな」

「お前さんにはちょいとばかし、難しいかもしれないけどねえ」

大丈夫だよ。
布で大半を覆われた彼の顔の中で、唯一外に晒されているホウ統の目が、穏やかに細められる様を見て、彼が笑ったのだとわかる。
徐庶が最も好むあの、慈しむような笑みだ。
それを見て、徐庶も笑う。
この広い国で、また会えるかどうかなど、わかりはしないけれど。

「士元がそういうなら、大丈夫、かな」

「なんだいそれ、おかしなことを言うもんだねえ」

次に彼に会うときには、もう少しましな人間になっているように。

「士元に呆れられないようにしないといけないから」

「あっしなんかのためにかい?光栄だねぇ」

「うん、だから―――頑張ってみようかな」

叶うならば、彼の隣に立てるように。
堂々と、気持ちを伝えられるように。
柄にもないことを言ったかな、と照れ隠しに指先で頬を掻く。
ホウ統は揶揄うようにくつくつと喉を鳴らして笑って、それから空を仰いだ。

「ああ、元直、見とくれ、雪が降ってるよ」

「本当だ、綺麗だね」

ここの雪も見納めだと、どちらともなく呟く。
白い花びらのようなそれが、門出を祝福するように降り注ぐ。
それでも、ずっとこうしていられたらいいのにと考えてしまうのが自分の弱さなのだと、徐庶は大地を揃く染めてゆく様を見ながら、思わずにはいられないのだった。








エンド







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正直言って何が柳なのか言わないと自分でもわからないので書いておきます。
・柳は別れのイメージらしい
・柳絮=雪っていうのは晋あたりの人が言ったらしい
・ホウ統って柳っぽいよね
あと、徐庶のウザったい感じが出ていればいいと思います。