■3月 桜



麗らかな春のとある日。
桜も満開の絶好の花見日和のこの日、孫家の敷地で、会社をあげての大宴会が催される運びとなった。
社長、孫堅の音頭で乾杯をすると、人々は思い思いに、酒盛りや花見に興じ始めた。
次第に盛り上がりを見せる中で、特に陽気に過ごしているのは、孫権だろう。
彼の酒の席での変貌振りは、社内では有名だ。
普段は真面目な姿しか見せない分、尚更ギャップがあるのだろう。
そんな彼は今、律義に立ち回っては、皆にお酌をしている。
社員全員にすると言わんばかりだ。
そしてその後ろを、側近の周泰が静かに着いていく。
何とも興味をそそる光景だ。
好奇心に誘われるまま、陸遜は立ち上がる。
ちょうど、次の社内報のネタに困っていたところだ。

(次の特集は…「孫権様の素顔に迫る!」とかどうだろう)

そんなことを考えながら、早速行動を開始する。
まずは、父親の孫堅と、妹の尚香、そして古参社員の黄蓋のもとに向かう。

「権か?さっきまで酒を注いでいてくれてなあ、昔からそうなんだ、俺が飲んでいると、傍に来て、話を聞きたいってねだってくる」

「懐かしいですな、あまり甘えられたりはしないお方でしたが、膝の上に乗せて差し上げると、とても嬉しそうにされて」

「えー、何それかわいい!私も見たかったなあ…ま、今もお酒飲むと真っ赤になってニコニコして、かわいいけどね」

昔の写真も是非入手したいところではあるが、それは今度考えよう。
三人に礼を言って、次の席へ向かう。
そこには周瑜、魯粛、呂蒙と、この会社の頭脳とも言うべき面々が顔を突き合わせている。
笑顔を浮かべているところを見ると、今日は流石に純粋に花見を楽しんでいるようだ。

「孫権殿の酒癖には困ったものだが…ああも幸せそうにされては、咎めるのも可哀相でな」

「恐らく唯一の息抜きなのでしょう。お父上や兄上に追いつこうと、無理をされることも多い」

「まあ、健気な彼をその重圧を少しでも軽くして差し上げるのも俺達の仕事だ」

そう締め括った魯粛の顔には慈しむような表情が浮かんでいる。
それは他の二人にも同じで、和やかな雰囲気に包まれたその場を離れた。
孫権を探して辺りを見回すと、また別の輪で笑っているのが見えた。
そこから移動したのを確認して、徐に近付くと、何とも華やかな空間が広がっていた。
大喬、小喬姉妹に練師と、綺麗所が揃っている。

「見て見てー!孫権様がお菓子持ってきてくれたの!優しいよね!」

「こんな時にまでお気遣いばかりで…もう少しゆっくりされてもよろしいのに」

「でも、それが孫権様の素敵なところですよね」

心配そうな練師に、大喬がそうフォローすれば、小喬もぶんぶんと首を縦に振って同意している。
女性たちの勢いについていけず、そっと距離を取ったのは、間違った判断ではないと思う。
そしてすぐ近くに見慣れた人々を発見し、そのまま話し掛けた。

「殿ならさっき来たぜ。でもまだ話し足りないのによー、すーぐ行っちまったんだよな」

「残念なのは俺もだけどさ、多分照れちゃったんじゃない?ほら、丁奉殿がさあ」

「某は何も…ただ、孫権様の瞳の色を思わせる、澄み切った空の如き高潔なお心を…」

甘寧と凌統が朗々と語り始めた丁奉を制するのを後目に、その場を立ち去る。
他人のことだというのに何だか無性に恥ずかしさを感じて、況んや孫権の心境をや、というところだ。
少し熱い顔を手で扇ぎながら、特に賑やかな集団へ近付く。
その中心人物は、孫権の兄である孫策だ。
太史慈と韓当もいる。

「孫権殿ならば先程珍しく孫策殿に甘えていたぞ」

「おお!昔は普通に甘えてくれたんだぜ?最近はしっかりしてきたけど、酔うとああなるんだよなー。可愛いだろ?」

「俺にも酒を注いでくれて…忘れられてなくて良かった…」

上機嫌の孫策に一礼して、彼曰く可愛い姿を見ることができなったことを悔やむ。
一通り回りきっただろう、と肝心の孫権を探す。
すると、少し離れたところで、誰かと一緒にいるのが見えた。
その誰か、が誰だかがわかり、足早にそこに向かう。

「あ、陸遜!どこにいたんだ、探したんだぞ?」

「そうそう、お前がふらふらしてる間、俺がちゃーんとエスコートしてたからな!」

嬉しそうな孫権に非礼を詫びる。
得意げな朱然は無視だ。
無視すんな、と喚く声も聞かないふりをして、孫権の前に膝を付く。

「今日はまだお前と話してなかったろう?いつもありがとう、お疲れ様!」

満面の笑みで酒を勧めてくる孫権からお酌を受ける。
一気に飲み干せば、目の前の人はとても楽しそうに笑う。

「こんな私だが、これからもよろしくな、陸遜」

「はい、勿論です!私の方こそ、よろしくお願いします!」

皆が口を揃えて可愛いと称する笑顔に舞い上がって答えると、孫権は幸せそうにはにかんでくれた、のだが。

「……あまり調子に乗るなよ、陸遜……」

いつの間にか後ろにいた側近に凄まれ、顔が引き攣る。
取り敢えず、次の社内報の表紙には、この笑顔の写真を推そう、と決意する陸遜だった。








エンド







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愛され権たんでした。
朱然のことは完璧忘れてました…ので、ねじ込みました。