■4月 藤



関索は花が好きだ。
その美しさを目にすると心躍り、その匂いを嗅ぐと不思議と気持ちが落ち着く。
幼い頃から、何か辛いことや悲しいことがあれば、足は自然と鼻のある場所へ向く。
花畑などは昔から探し出すのが得意だった。
だから、その場所を見つけたことも、きっと必然だったのだろう。
大きな柴藤の木を成都で見つけたのは。
それからそこは、関索のお気に入りの場所となった。
あまり知られていないのだろうか、他に人を見かけたことはない。
こんなにも美しい場所なのに、と思う。
特に花の咲く時期は圧巻の光景だった。
だが、そうではなくても、巨木の存在を感じるだけで安心できた。
一人で静かに過ごすのもいいのだが、やはり素晴らしいものは共有したい。
暇さえあれば、そこに様々な人を案内した。
父と長兄―――関羽と関平に見せることができないのは残念だが、仕方のないことだ。
だが、そんな事情とは別に、決してここに連れてくることのできない人がいる。

「関索?どうしたの?」

「…あ、いや、なんでもないよ」

不意に声を掛けられ、はっとして顔を上げる。
横から心配そうにこちらを覗きこんでくるのは、鮑三娘だ。
微笑みながら返事をすると、少女も笑みを返してくれる。

「ならよかった!てゆーかここ、すごいね!」

「うん、すごく綺麗だから、君にも見て欲しくて」

「…関索ってちょータラシ。勘違いされちゃうよ?」

鮑三娘の言葉に首を傾げると、はあー、と盛大に溜息を吐かれた。

「でも、そこが関索のいいところだよね」

自己完結してしまった彼女は立ち上がると、藤架を見上げながら、触れられそうで触れられない場所にある場所に手を伸ばす。
ぴょんぴょんと跳ね回っているその姿は、可愛らしい女の子だ。
鮑三娘に慕われているのはわかる。
純粋に、その行為は嬉しいし、守ってあげたいとも思う。
だが、関索には、そんな穏やかな感情とは別に、激しく身を焦がすような、そんな感情を向ける相手がいる。
その思いに名前を付けることは難しい。
関索自身も持て余し、目を背けたくなるようなものだった。
ふと思い立って、彼女に向かって問いかける。

「藤の花言葉を知っているかい?」

「ううん、知らない」

「歓迎とか、陶酔とか…恋に酔う、とか」

まるで独り言のようなそれをどう感じたのか。
鮑三娘は再び関索の隣にすとんと座り込んだ。

「ねえ」

「なんだい?」

「関索には好きな人、いる?」

「好きな人…」

かけられたのは、思いもよらない言葉だった。
好きとは、恋するとはどういうことなのだろうか。
関索は未だにそれを体験したことはない、と思う。
それはきっと、相手を慈しみたいと思うことなのだと考えていた。
だが、それだけではないのかもしれない。
相手を求めてやまないこと、そんな熱烈な感情をぶつけること。
愛するということは、綺麗なものではないのかもしれないと、そう思うことがある。
好きな人、という言葉を聞いた時、脳裏を過ったのは、誰の姿だったのか。
しかし、はっきりとした像を結ぶ前に、無意識に蓋をした。
そして誤魔化すように少女に曖昧な笑みを返す。

「どうかな、わからないよ」

もう戻ろう、と逃げるように立ち上がる。
後ろから聞こえた声には、気付かないふりをした。

「…そこは嘘でも、君だよって言ってよねー」

自分は、恋をしているのかもしれない。
他でもない、あの人に。








エンド







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片思い関索みたいな?
私的一押しのお相手は陸遜か関興です。