■われてもすえに



寝台の上で、司馬懿は静かに最期の時を待っている。

(あれから25年だ)

脳裏にいつでも容易く蘇るその姿。
司馬懿がすべてを捧げると誓ったそのひとは、即位して間もなく身罷った。
呆気なく逝ってしまったあの人に、この世界を呪う程、絶望した。
二人を邪魔するものはすべて排除して、漸く手に入れたところだったのに、何故あのひとは此処にいないのか。
それからはまるで、拷問のような日々だった。
惜しまず注ぐはずだった愛は行き場を失くし、司馬懿の中に蓄積して、澱んでいく。
表面上は国を守る忠臣としての顔を取り繕ってはいたが、その内にあるのはただの破壊衝動だ。
あのひとのいない世界などいらない。
それならばいっそ滅びてしまえばいい。
だが、それは叶わない願いだった。
しがらみは想像以上に多く、何よりあのひとに託されたのだ。
それが、司馬懿の生きる意味だった。
そして、もうひとつ。
掌を強く握る。
痛みする感じる程きつく閉じたその中にあるのは、あのひととの繋がり。
動かすのもままならない腕を叱咤して、目の前に拳を掲げる。
そっと開いた掌中には、滑らかな光を放つ緑色の石があった。
ゆっくりと瞼を下ろすと、すぐにその日の情景が目に浮かぶ。
あのひとは病床にあって、酷く苦しそうだった。
しかし、司馬懿が手を握ると、とても嬉しそうに笑った。

「仲達…これを…」

「これは、玉…?」

握らされたのは、美しい石だった。
よく見れば、彼の手にも同じものがある。
すると彼は不意に、それを口に含み、躊躇いなく飲み込んでしまった。
喉が異物によって不自然に膨らむ。
息を荒げる姿に我に返ると、その人は笑っていた。

「玉には…あの世とこの世を繋ぐ力があるのだろう…?だから…私が死んでも、これがあれば、お前と繋がっていられる…」

そのひとの目は、重い執着を孕んで司馬懿を射抜く。
狂気じみた思考に、笑みが浮かぶのを抑えられない。
この人は死んでも、司馬懿を離さないと、そう言っているのだ。

「ふふ…ずっと、私のものだな…?」

「勿論です、永劫、私はあなたに縛られる」

そう言えば、曹丕は穏やかに微笑んで、そして数日後、息を引き取った。
遺言通り、墓は質素なもので、玉衣も何もなかったが、司馬懿だけは知っている。
ただ一つ、その身が持つ玉があることを。

「どうか私が参るまで、ゆるりとお待ち下さいませ…」

それからの長い年月の間、一日たりともその存在を忘れたことはなかった。
只管に待ち侘びて、遂にその時は訪れた。
やっと、あのひとの傍に行くことができる。
手の中の玉。
肌身離さずに持ち続けたそれを、あのひとと同じように、口に放り込んだ。
老いで低下した嚥下機能を無理矢理使って、喉の奥にそれを押し込む。
玉が臓腑に落ちていくのを感じながら、再び目を閉じた。
縛り付けられたのは、司馬懿だけではない。
あの瞬間、自分も、あのひとを縛り付けたのだ。
司馬懿が行くまで、その訪れを待っているようにと。
焦がれて焦がれて、思うのは司馬懿のことばかりだろう。

(黄泉の地でお会いしましたら、もう逃がしはしませぬ。永久に愛して差し上げます)

そして、魂まで溶け合ってしまえばいいのに、と思う。

(そうだ、私が死んだら、あなたの墓に追葬させます。その後は誰も入れないようにすればいい。これまでの分まで、共にいましょう)

死は怖くない。
あのひとに会いに行くのだと考えれば、何も。

「ああ…愛しております、子桓様」








エンド







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Eye's And Call on.さんとの合同誌設定なので見かけたらぜひ(宣伝)
読まなくても二人とも病んでるな、と思っていただければそれで大丈夫です。