※愛に溢れる丕懿ではありません。流血系です。
 繊細な方、健全な丕懿を求めて来た方にはお奨め致しません。
 気分を害しても責任は取り兼ねますので、自己責任で進退をお決め下さい。


































「――っ!!」
「痛いのか?」

 首を振って、悲鳴を殺した。
 嗚咽を殺した。
 拒絶の声は深く深く飲み込んでしまう。
 拳や爪先がのめり込む鈍い音、体が麻痺する程の痛み。
 身を引き裂かれる激痛、絶え間無い責め苦。
 それでも私は、何一つ拒絶を漏らさぬように耐えねばならない。
 例え身を苛まれても、心無い言葉に心を踏みにじられたとしても、それだけは守る。
 自身の体に爪を立てて耐えながら、終わりを迎えるまで。
 でなくば、彼の激情も関心も全て私には注がれなくなってしまうのだから。

「痛いのだろう? 止めて欲しいか?」

 いいえ、いいえ!
 貴方の痛みに比べれば私のなど!
 声に出せぬ心からの叫びを唱えながら、ひたすらに首を振る。
 認めるものか、認めてたまるものか!
 貴方の仕打ちに耐えかねて泣き言を一言でも言えば、きっと貴方は私を手放す。
 他でも無い己に私が殺される前に、私を手放せる事を喜びながら、寂しく愚かな己の心を押し隠して泣くに決まっているのに。

「だったら、何故、泣く」

 貴方は冷たい声で無表情に私を見下ろす。
 だがその目の奥には、私への仕打ちに涙を流す貴方が垣間見えて、哀れを誘った。

「……痛い、と。止めろ、と一言、言ってしまえば、お前は解放されるのだぞ。無駄な意地を張らずに言ってしまえ、仲達」

 言ったらどうするのですか?
 聞けぬ言葉を飲み込み、唇から垂れた紅を拭う。ぴりっと走った痛みは針の様に鋭く、新たな血がじんわりと滲むのが分かった。

「私には過ぎた御寵愛にございます。この行幸に泣かぬ者はございますまい?」

 逃げろと暗に諭す貴方を真正面から臆せずに見返せば、貴方は僅かにたじろいで動きを止めてしまった。
 お優しい方だ。
 この程度では、身の裡に荒れ狂う絶望を欠片とて昇華仕切れていまい。
 手を伸ばして首に巻き付けた。近くなった玉顔に唇を寄せて、血で深紅に染めた口付けをした。
 押しつけるように触れて、ゆっくり離すと、揃いの口紅が付いた。

「……狂うたか、仲達」
「何を仰います、陛下」

 端整な顔立ちが無表情に戻って、見下ろしてくる。
 その頬をそっと包んで愛しさを込めて撫でた。
 自然と私は微笑んでいた。

「仲達は、とうの昔から狂うておりますよ」

 そうだ、もうとうの昔に狂っていたのだ。
 だが、狂気にではない。余所人の健全な『愛』とやらには似ても似つかぬ曹丕への『愛』に。

「でなくば、どうして貴方様に手酷く扱われても死を選べぬのでしょう? どうして貴方様がまだこれ程に愛しいのでしょう?」

 『愛』、と口にした刹那、目の前の黒耀の瞳が僅かに見開かれる。
 ついで、浮かべたのは哀れみか、はたまた怯えか。
 後退りかけた身を我が身に引き寄せれば、またほんの少し瞠ったようであった。

「……もうお止めになりますのか。仲達はまだまだ足りませぬ」

 くすくすと極めつけに笑ってやれば曹丕の収まりかけていた…無理矢理納めようとしていた狂気が、瞳の奥に揺らぐのがはっきりと分かった。
 途端に絞められたのは首だ。
 それで良い、と目を伏せた後、そっと唇に暖かなモノが触れた気がした。





 あれから幾ら経ったのだろう。
 私は途中で気絶してしまったらしく、気付けば薄闇の中で横たわっていた。
 起きあがろうとしたが腰が重たくて、件の男が腰に手を回して縋っているのに気が付いた。
 起こさぬ様に起き上がって、膝に彼の頭を乗せて枕になる。
 頭を持ち上げられても、無防備に眠りを貪る姿に微笑みと涙が漏れた。

「……貴方の全てを、壊して差し上げれば宜しかったのですか?」

 彼は幼さを覗かせた顔で眠っている。
 余程気を許してない限り、この男はこの様に素を晒さない事はよく知っていた。
 誰も信じないと言う男が、唯一こんな場面でのみ心の奥底にある本音を示すのだ。
 だから錯覚してしまう。
 私はまだ生きる事が許される……必要とされているのだと。

「貴方が愛してくれと恋焦がれながらも憎むもの全て、貴方をこんなに傷つける前に、 少しでも美しい思い出のまま壊して差し上げれば良かったんでしょう」

 此れ以上無い程に愛を注いだというのに、己を憎む美しくも冷たい妻。
 天与の才を有し、共に雅な楽しみを共にすれど、同胞であるが故に己を追い詰める弟。
 そして。
 最期まで曹丕という存在を拒絶し続けた偉大なる父親。

「さすれば、貴方は世に絶望を抱く事無く、私だけを憎み……貴方と私、二人であの戦乱を何処までも堕ちる事が叶ったでしょうに」

 眼下の黒髪を梳く。
 くすぐったかったのか、んん、と少しむずがる彼が大層可笑しく愛おしい。

「陛下、私の主、」

 切りつける言葉。
 痛みと悲しみしか齎さぬ交合。
 優しかったあの頃はどこにも見えない。
  傷は増え、涙は流れ、血は滴る。
 それでも悲しいくらいに愛おしい。
 例え、貴方が何も想っていなくても。
 例え、貴方が何も変わらぬままでも。

「……私は、」

 私は耐えてみせましょう。
 貴方の心が、僅かでも、一瞬でも、私に泣いてくれる限りずっと。

「私は貴方に狂っているのですから」










 終





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 当サイトでは珍しい路線を行ってみました…。
 …冷静になって見直してみるとDV丕様と乙女仲達にしか見えない罠…すみませんorz
 
 元はオリジで書いていた(それもどうなのか…)のを、丕懿にリメイクして早3、4年…。(遅)
 これは…と流石に思ったので自重していたのですが、今年はリハビリ&挑戦の年にしたいので思い切って出してみました。
 不快な思いをした方、いたら申し訳ないです。
 久々の更新で新年一発目の更新がこれってどうなのかと思いますが、元々、私こんなんでした…よね?(え)

 因みにイメージ的にはやや史実めを。
 丕様の治世は善政でしたし友人には深い愛情を示しましたが、偶にする短慮かつ冷酷な処刑が激しい二面性を表しているなぁ…と。
 無双では4丕様が近そうですよね。(偏見!)



                     ikuri  11/01/24