虚しさを感じたのはいつからであったろう。 残欠 「…我ら誇り高き一族が今に在るのは当に陛下の限りなき恩寵が在るからこそ…」 一族を誇れ、国に尽くせ、神である陛下を愛し奉れと。 口ぐせの様に言う父親を、子供はいつしか冷めた目で見るようになった。 子供は知っていた。 世の不義に憤る父親が、その実その不義を糺そうとしない事を。 一族を誇れと口にしながら、権力者の陰におもねるように隠れ、生き長らえている事を。 愛し奉れと強いられる天上人こそが、この世を乱す無能な悪党という事を。 「懿! そなた、話を聞いているのか!」 「…はい、父上」 頭(こうべ)を深く深く垂れながら、その度ごとに子供はいつしか思うようになった。 頭の良い父親はしかし、人よりも多少優れている程度。 親だからこそ、または年長者だからこそ敬意を払ってはいるが、子供の器の方が上であった。 そう遠くはない内に、子供は父親を超えるだろう。子供に足りないのは生きた時間と経験だけであったのである。 「全く世の理を解さぬ輩が…」 世の理を解さぬ輩と、世の理を解していて何もせぬ輩と。 果たしてどちらが良い者と言えるだろうか。 ―――――……何もせぬなら身を引いて黙っておれば良いものを。 相槌すら打つ事を許されぬ説教の中、子供は密かに決意する。乱世に血を残す為と尤もらしい理由で煩わしい世から去ってしまおうと。 この秀でた知謀を活かす場所も意義もないのなら、世にいても仕方ない。 子供には既に、此の世のあらゆるものに対する執着が失せきっていた。 幼さ故もあるだろうが出世欲にも物欲にも興味も何も湧かない。 それどころか、本来子供が関心を持ち、憧れるものにさえ心を震わすものが何一つとて無かったのである。 その様は、落ち着き払っていっそ気持ち悪いほどだと周囲に言われてはいるが、 子供からすればこの様なつまらぬ世に何を心騒がねばならぬのかという思いさえもする位であった。 ―――――……あぁ、でも、もし。 しかしそうは思っていながらも、子供は内心で呟くと、気付かれぬようにそっと溜息を吐いた。 ―――――もし、両方を満たす者が現れたなら、この身を全て捧げてみたい。 心地よさと有り得ぬ未来に子供は心の内で小さく笑った。 膝を着き、頭を垂れる。 まるで祈る様そのものの己の姿を自覚しながら、切に願った。 いつか叶いますようにと、絶望しきった心に残った最後の希望から。 終 - - - - - - - - - - - - - - 拉致られる前のちまいでした。 残欠は「欠けて残ったもの」の意味です。何かパンドラの箱みたいですね。 この話だと残欠=希望(出仕欲)=丕?(ぇ) ちょっと手が腱鞘炎気味で携帯で小説打てないので、とりあえず超短編をお送りしました。 萌え要素なくてすみません! 次はリクを出せるよう頑張ります…!; ikuri 08/09/28 戻 |