おつかいのそのの話















 煌めくイルミネーション眩しいクリスマスイブ。 今日も今日とて、程ほどにコンビニバイトに従事する司馬懿がいた。 勿論それは普段通りの日々ではあるが、しかし彼はそれに正直飽きてしまったというか膿んでいた。
 何せ人手不足が原因でかれこれ三週間も休みがなかったのである。 年末年始は大抵人手不足だが、特に師走の中旬にもなると試験やらクリスマスやら卒論やらのイベントにぶち当たるせいで、 バイトを休む者が多かった為であった。
 …しかしそれは気持ちが膿む原因の一端に過ぎず、それが鬱々と仕事に励む一番の原因ではない。 実は既に期末試験が終わった者達がちらほらシフトに入り始め、休んだ分も稼ごうとしているお陰で直にこのバイト漬けの日々も終わるからであった。
 しかも、三週間前に『皆が戻ってくるまでは助けてくれ』と頭を下げてきた店長にも、 『長めに休暇を取らせてくれるなら出ても構いませんが?』ときっちり脅していた事もあり、 もう幾日も経てば珍しく纏まった休みが取れる。 元々働くのはそれ程嫌いでもないし、バイト料も普段より多く入るのだから、それ程悪くはないと思っている。
 ならば何が原因であったかと言うと、やはりこの年末特有の忙しさがいけなかったりする。

「まだ忙しいのか…」

 ふう、と寂しげな溜め息が漏れた。
 司馬懿には唐突かつ強引に付き合い始めた曹丕という恋人がいるのだが、かれこれ一月近く、彼は恋人に会えていなかった。
 寒さが厳しくなり始める前に、クリスマスや正月を共に過ごそうと言って楽しみにしていた男もまた、 年末故に仕事が忙しく、顔も見れぬ日が続いていたのであった。 寂しいなどと女々しすぎて口が裂けても言えないが、もうクリスマスですねとメールは送っていた。 思えばそちらの方が女々しかったかも知れない。
 最近では来客を知らせる度に、もしや曹丕ではないかと期待している自分がいて大分末期で限界であった。
 溜息と共に鬱々と物思いに沈んでいる今でさえも来客を知らせる音が鳴ったが、それにもやはり期待してしまう自分がいる。

「いらっしゃいま、せ…?」

 案の定と言うか、入店してきたのは曹丕ではなく、至って普通の男子学生であった。
 だが、司馬懿が反射的に発した言葉は入店してきた客を見るなり、 思わず目を見張ったばかりか驚きに語尾が不思議そうな声音になってしまった。

(子桓さんによく似ている…。)

 少年は曹丕をそのまま若くした感じで(賢そうな顔に刻まれた鋭さと眉間の皺は曹丕よりも薄かったのだけれど)、 子供ながらに妙な落ち着きを漂わせていた。 また見るからに上等な仕立てのコートと流行のマフラーの下には、難関と噂の名門私立高校のブレザーを着ていて、 彼の年は十五、六歳位かと見当が付いた。
 少し前になるが、自分によく似た幼子(曹丕はちまいだのまめしばだの好き勝手に呼んでいる)がこのコンビニで買い物をしていった。 その時ちょうど居合わせた曹丕に、幼子は曹丕に似た知り合いがいると幸せそうに言っていたが、 もしかしたらあの少年の事なのかも知れない。

「…お願いします」

 つらつらと考えていると、いつの間にか商品が台に乗っけられていた。 いらっしゃいませ、と決まり文句を口にしながら、品物を一つ二つとレジを通していく。 彼が持ってきたのは意外に可愛らしくクリスマス用に入荷してあった苺のケーキと、案の定と言うか葡萄ゼリーであった。 ケーキはもしかしたら弟妹とか彼女とか、もしくはまめしばとやらにやるのかも知れないし、 ましてや葡萄製品を持ってくるのは偶然かも知れないとは言えど、そこまでそっくりとは夢でも見ているようだ。

「あと、ホットの紅茶も」
「かしこまりました。こちらで宜しいですか?」
「はい」

 全くもって世の中には不思議な事があるものだ、と思いつつ保温器から品物を取り出して曹丕似の少年に見せると、 彼は頷きながら財布を出した。 その財布も有名なブランドのもので、そういったこともやはり似るのかなどと思ってしまう。

「お会計は六百八十円になります。ホット紅茶は別の袋に入れても宜しいですか?」
「はい」
「お返しは四千三百二十円になります。お確かめ下さい」

 五千円を出した少年に釣りを握らせると、少年はじいっと見上げてきていて、らしくもなく慌てた。
 内心曹丕に比べて声が高いだの、よく見れば幼さが残っているだのと思いながら、不躾に見ていたのは司馬懿であって、 喧嘩を売っているとか最悪いやらしい眼で見られたとか思われていたら堪らない。

「…な、何でしょう?」
「この前はありがとうございました」

 司馬懿が愛想笑いを浮かべながら訊くと、少年はぺこりと小さく頭を下げた。 そして今し方買ったばかりのホット紅茶を袋ごと差し出してきた。 意図を問うように少年を見ると彼はにこりと笑って口を開いた。

「以前、阿懿が貴方と私に良く似た方にお世話になったそうなので」
「…ああ、あの時の」

 心の中でやっぱりそうかと呟いた。この少年はやはりこの前の子供の知り合いだったのだ。
 とするとこれはどうやら御礼らしい。若いのに、大人びた対応である。

「気持ちは嬉しいけれど、貰う訳にはいきません。第一、それは私の」

 恋人が、と言い掛けて慌てて口を噤んだ。不思議そうに見上げてくる少年に一つ咳払いをする。

「…私の知人がした事ですし、親切にするのは当然の事ですから、気にしないで構いませんよ」
「では、宜しかったらその人に差し上げて下さい。阿懿が喜びますから」

 自分よりも四つは下であろう少年に貰うのは気が引ける。 だが、「お願いします」とまた頭を下げられては頑なに突っ張れず、根負けした形で手元に引き寄せた。 店内とは言え、日陰のレジに立ちっ放しで、手は予想外に冷えていたらしく、じんわりとした熱さが心地よい。

「…では有難く」

 思わず笑みが漏れた。 己にしては珍しく愛想が良いとは思ったが、ゆるりと口端が上がってしまうのを抑えられなくなっても致し方ないとも思う。
 そう言えば曹丕もこの様に気遣いが巧い男であったのである。 少々突飛な所も強引な所も有ったけれど、行動の端々に与えられる優しさは司馬懿を大事にしてくれているのがよく判った。
 彼のようだ、と考えてしまうと益々嬉しくなる。 しかも少年の方はまだ素直さを残していて、愛想良く笑みを浮かべていた。

「あの子…阿懿は私と貴方の知人がよく似ていると言ってましたが、貴方も阿懿とよく似ていますね」
「そうらしいですね。でも私の知人はあの子の方が可愛いげがあると言ってましたが」
「そうですか? 貴方は凄く魅力的なのに酷い人ですね」

 苦笑を零すと少年もまた悪戯気にくつくつと笑う。 だがその声は甘く、愚かにもまるで口説かれているような錯覚を覚えた。 もし己が少年と同い年位かその年下の少女であったならば、舞い上がってしまっただろう。 それ位に彼の言葉は人の心を気持ち良く擽る力を持っていた。

「お世辞は止して下さいよ」
「…だってあの子と出会えていなかったら、あなたとお付き合いしたい位なのに」
「え?」

 くい、と身を引き寄せられる。ついで、唇に久しぶりの柔らかな感触。
 何、と考えつく前に離れていった。にこりと吐息の触れ合う位間近で少年が笑む。

「今はこれ位で我慢します。…お仕事、頑張って下さい」

 呆然とする司馬懿を余所に、彼はビニール袋を手にすると、何事もなかったかの様にその場を颯爽と後にする。

「ちょっ…!」

 出入口のメロディが鳴ってから漸く我に返る。してやられたと慌てて彼に目を向けた途端、司馬懿は固まった。
 そこにはどん底に不機嫌な曹丕が、少年と火花を散らしていたのである。

「人の恋人に手を出すとは…近頃のガキは躾がなってないな」
「そうですか? ひと月も放っておいて恋人面する中年の図々しさには適わないと思いますが」

(…何故ひと月会ってないのを知っているんだ…! 言ってない! 私はそんな事一言も言ってないぞ…!)

 固まる司馬懿を余所に二人の曹丕は激しく火花を散らしている。

「糞餓鬼、私はまだ二十四だ」
「甲斐性無しのくせに煩い男ですね。まさか十代に適うと思っているんですか?」

 そこまで来て司馬懿は漸く、益々険悪になる空気に固まってる場合ではない、と気づいた。 慌ててカウンターから出ると、お互いの顔が合わないよう、曹丕と少年の間に入る。

「店で喧嘩は止めて下さい!! …大体、子桓さんは何故ここに?」

 最後に受信したメールでも仕事の忙しさは窺えた。 まだ暫く会えないのかと嘆息したのは今朝の話であるから、思わず疑問を上げたとしても致し方ないだろう。 だが曹丕は司馬懿を一瞥すると、いつになく不機嫌な声で応えた。

「…ほう…居たら悪いか」
「違っ…! だって、貴方が、仕事はまだ、忙しいって…!」

 その、あまり向けられた事のない声音に竦みながら言い募ると、ぐい、と乱暴に胸座を掴まれた。 怯える恋人に気にする事もなく、曹丕は苛立ちを露わにしていた。

「何ッ…!」
「仕事なぞ抜けてきた。…いい加減、限界だったからな」
「え…? …ッ、ん――ッ!」

 引き寄せられた、と思った瞬間、司馬懿は口付けられていた。 固まっている内にすぐに慣れた様子で曹丕の舌が侵入し、咥内を犯していく。

「ッは…こんな所で何を…!」
「フン、少し目を離しただけで、ガキ如きに容易く奪われるお前が悪い」

 数秒か、はたまた一分は優に超えたのか。
 散々に蹂躙した曹丕は一先ず満足したのだろう。 渋々と言った様子ではあったが離して貰えたのだが、離されたと言っても僅かな距離にしかなく、 まだ男の腕は腰に回されたままであった。

「だっだからって子供の前で!!」
「あの糞餓鬼ならとうに居らぬ」
「えっ…!?」

 いつの間に消えたのか、振り向くとそこには誰もいなかった。

「…仲達よ、私よりもあの糞餓鬼を気にするのか?」
「違います! そういう訳では…!」
「言い訳は後で聞く。……もう交代の時間だろう。終わるまで待つ」

 あっさりと解放した曹丕はいつもの如く外で待つようで、背を向けるや否や出て行ってしまった。 去り際に『浮気の仕置きが楽しみだ』と低く呟いて。

「……悪夢だ…」

 僅かによろめきながら、カウンターへと戻り、まだ温い紅茶を手に取った。
 先程までの理不尽な展開に、曹丕の前で飲んでやる、とささやかな仕返しを誓ったけれど、 そんな微々たる抵抗しか思いつけない時点でもう負けているのだとは認めたくない司馬懿であった。











 続





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おつかいのそのあとの話 1 ・
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 丕司馬でまさかのクリスマスイブ更新…最早イベント日更新が定例となっている海石です。
 そして、今回のこれは、以前に壱万打リクとして千鳥さんへ蒼がお贈りしました、「おつかいの話」の続編に当たるかも知れないものです。
 …ネタパクってすみません、蒼さん。でも蒼さんのネタ、私超萌えるんだよ!!(死)

 因みに海石的設定は下記。参考程度にどうぞ。
  ・仔丕は高一(16)、ちまいは小一(7)。
  ・丕司馬←仔丕司馬。(※でも仔丕の本命はちまい)
  ・仔丕は丕+仲達の素性を調べている。
  ・丕は仔丕が仲達の素性を調べていると気付いてすっ飛んできてたら良い。

 尚、仔丕は高一(16)、ちまいは小一(7)とか言い出したのは蒼さんではなく、紛れもない私です。
年齢差良いですよね、ね!(何)


2009/12/24 ikuri