その子供は、屈強な男に引っ立てられる様にして連れて来られた。 私はその光景を漫然と見ていた。 犬猫が放り出される様にして解放された子供は、少し薄汚れた着物を身に纏い、やや覚束ない足で地を踏み締めていた。 まるで刑期から解放された罪人を見ている様だとの考えに、ある噂を思い出して納得した。 巷に流れている噂では、散々招聘を断られて焦れた父が、子供の寝込みを半ば罪人を引っ立てるが如く縄を打って召し抱えたと言う。 子供に大人気ない事を……とは思うが、父にして見れば自分相手に悉く抵抗と逃亡を謀り、 また逃げ果(おお)せて見せた相手なのだから大仰な処遇だとは言い難いのかも知れない。 事実その様な強硬手段でしか手に入れる事が叶わなかったのであるし、 また、此の瞬間にさえも油断すれば逃げて行くであろうから。 大人の腰にも満たぬ様な小さな身体。 子供を取り巻く官達の、半分にも届かぬ生きた年月。 本来ならば未だ無邪気ささえ宿って然るべき、中性的な顔立ち。 だと言うのに、幼いその黒耀の瞳は、愚かな周囲の大人達と幼い自分への嫌悪に満ち溢れて何とも冷えた色をしていて。 それは昔、何処かで見た子供の姿を彷彿とさせたのであった。 陋劣の箱、紫紺の瑛。 「司馬防が次男、司馬懿、字を仲達と申します。曹丞相におかれましてはご機嫌麗しく……」 彼が言葉を発した途端、ザワリ、と場が驚きに揺れた。 彼の幼さばかりではない。 如何にも良家の子息といった整った品の良い顔立ち、知性を滲ませた朗々とした声音、 洗練された身のこなし、礼を良く弁えた非の打ち所の無い態度。 何より大勢の文官武官の中に在っても、その堂々と気圧されぬ姿に意表をつかれた様だ。 あの幼さでよくも―――――流石に司馬の二達の名は伊達ではなかったか。 と感じ入った、さも意外そうな声すら、そこかしこで漏れ出る程である。 とは言え私からすれば、子供が稀に見る逸材であると称されても、何ら不思議には感じはしなかった。 それどころか至極当然の評価であろう、とさえ自分には思える。 それ程に子供の瞳は、本来なら未だ遊び盛りであろう年頃に似合わず、深い智慧と熟成した精神を垣間見せていたのだ。 あの年頃で此れならば、末恐ろしいものよ……。 思わず感嘆の溜息が漏れる。 かねてより父親の人材に対する慧眼は知ってはいたのだが、それでもあれ程の者を見出した事への感嘆に息が漏れていた。 集う者達も改めてそう感じていたのだろうか。 ざわめきが簡単に収まるとは思えぬ程に、一時広間は賞賛の声が満ちて騒然としていた。 「……、」 しかし僅か四半時ばかりか。 残念な事に純粋な賛辞だけが聞かれたのも僅かの間のみであった。 父と彼との応答が始まって暫く経つと、広間の中でも下座の方―――居並ぶ中でも格段に身分の低い者を中心に、 愚かにも口性無く貶め始めたのである。 子供は新参者だけではなく曹操に反抗的であったから、謁見にしてはやや下方に座していた。 それは丁度、その者達に左右の側面を囲まれる位置であった。 それ故に父には聞こえぬままで、彼に容赦なく浴びせられている様である。 私が居る場所は、子供から人垣を挟んで隔たれている為、此処からでは何を言われているのかと言うのは、はっきりとは判らぬが、 彼の瞳が怒りと蔑みに染められていく様を見れば、その内容は何となく想像は出来よう。 ……妬みか怯えか……何れにせよ自己保身にだけは長けている様だな。 当初のざわめきには、賞賛の他に僅かながら子供の才能を畏怖する色も混じっていた。 つまり最初こそ純粋に子供の類い稀なる素質に感嘆したが、何れ我が身と地位を脅かすのではないかとの考えに至ったのであろう。 所詮は大した才も無い匹夫の考える事か。 己の身を常に案じると言った姿勢は悪くは無いが、才も無く研鑽も積まぬ輩の分際では、浅ましい事限りない。 父は愚かな臣下の振る舞いに気付かぬのだろうか。 と壇上を見遣れば、父親の顔には常日頃に臣下と応答している時には浮かべぬ意地の悪い笑みが乗っていて、 大いに此の情況を楽しんでいると知れた。 恐らくは、主君の御前で畏れ多くも臣下が子供を中傷しているのに気付いたか。 否、悪知恵を好んで働かすあの男の事だ。 そうなる事を見越して子供をこの場に……あの位置に置き、 更には集められた武官文官にしても愚か者共を選んで呼び寄せた可能性が高い。 ……散々虚仮にされた意趣返しに。 その証拠にこの広間には、荀ケや郭嘉、張遼、張コウなどの名だたる曹操の重臣は見当たらず、 ただ曹操の傍らに護衛として夏侯惇を置いているのみ。 腹癒せにも等しい謁見に、士大夫が参列する必要もないので、呼ばなかったのであろう。 自分にも、『新しい官を召し出したから直々に謁見する。』と零しただけで、特に来いとも来るなとも言われてはいない。 だから今私が此処にいるのは、命令ではない。 単に暇で、尚且つその新しい官が曹操の招聘を頑なに拒んだというからこそ、 少し覗いてやろうかと思い此処にいるだけだった。 その為に、周囲は見渡せども碌に知らぬ顔ぶればかりがあり、 そればかりか無能面とでも言うのだろうか、才気など欠片にも感じられぬ面ばかりであった。 さて、どうでるか…… 顎に手を当てながら考える。 未だ幼さの残るものの、あの子供らしくはない老成具合では流石に恥も外聞も無く泣き喚く事は無かろうが、 もしかしたら涙くらいは見せるかも知れない。 それとも只屈辱に甘んじて沈黙を選び、此の場が過ぎるのを待つのだろうか。 何れにせよ、子供にしては耐え性が在り、器量が在ると言えようが、それでは些か詰まらぬ気もする。 あの子供に何を求めている訳でも無かったのだけれど、知らず期待をしていたらしい。 仮令、彼が憤る価値もない無能共の言葉だとしても、何か特別な事をしてくれるのではないか、と。 「……、」 そうこう考えている内に随分と時間が経っていく。 しかし、幾ら経ても目の前では依然として父の下らぬ質疑と中傷だけが続いている。 それだけなら未だしも。子供の方とて飽きたのだか、それとも単に甚振られているだけの情況で、 まともに受け答えする気も無くなったのだかは判らないが、初めの頃に較べると格段に精彩が無く鋭さも無い、 当たり障りの無い応えのみを返すようになった。 当然と言えば当然の成り行きなのだが、それは少し淋しく、そして元より父親の趣向に付いていけぬ身であった為に完全に飽き果てる。 しかし一体いつ迄続くかと思い始めた其の時、終焉は唐突に訪れた。 「黙らぬか、此の凡愚共めが!!」 響き渡った恫喝は、今まで膝を付き頭を垂れていた子供のもの。 甲高く如何にも子供らしい声音でこそ有ったが、齢が十やそこらとは思えぬ程のそれに、座は水を打ったかの様に静まった。 ゆるりと立ち上がった子供は、爛々と燃えた目で周囲を強くねめつけている。 その知性を湛えた宵闇色の瞳にはありったけの怒りが込められてはいたが、 同時に気高さを持った澄んだ両眼は私にはとても好ましいものだった。 「此でも私は司馬家の者。無位無冠なれど其方らの下賤な蔑みを甘んじて受ける心算はない!!」 ギリ、と睨みつけるその視線は抜き身の刃の様に鋭く周囲を切りつける。 睥睨した眼光も迫力も年を感じさせないどころか、猛将にも何ら劣らぬ程に重たく、直に当てられた文官共は怯み腰になる者もいる。 威勢を無くした者共に彼の瞳は冷めた色を濃く浮かべたが、それも一瞬で、 今度は命知らずにも上座へと畏れる素振りもなく視線を合わせ、言を向けた。 「曹丞相!!」 子供の視線の先、曹操は意地の悪い笑みを浮かべていた。 それにますます怒りに瞳を燃やした子供は、頬にまで朱を昇らせている。当に烈火の如き怒りだ。その上、更に言い募ろうと言うのか、すぅっと小さな胸が上下して息を整える。 ところがその瞬間、何かを耐える様に眉を顰めたので、おや、と感じた。違和感に首を捻ったが、すぐに子供が吐き出した言葉に、それはすぐ掻き消されてしまった。 「私が官位と富貴が為に貴殿に近づき媚び諂ったならばまだしも、 礼を存ぜぬ人狩りの様に召し出しておいてあまつさえ侮辱させるとは何様の心算だ!! それでも貴殿は漢の重職を預かる身か!!」 周囲が、畏れ多さに息を飲んだ。 あの曹孟徳が面前で糾弾される事や罵倒される事は非常に珍しい光景(とは言え、無かった訳ではない)である。 いくら子供が、富貴を求めず欲も持たずに田舎に隠遁していたのを無理矢理狩り出されたのが、 誠に事実とは言えど、漢王朝の重鎮に相応しくないとまで言い放つのは予想外であったのだろう。 あまり狭量ではない父でさえも、子供にそこまで言われるとは思わなかったのか、先刻まで浮かべていた嘲りにも近い笑みを潜めていた。 そのせいで空間全体に剣呑な気が充満した。 その気に当てられたらしく、近くにいた気弱そうな文官が、ひ、と小さく声を上げていた。 「……中々面白い事を言うな、司馬懿? 礼を知らぬのは果たしてどちらの方だ?」 平生を装ったつもりか、心持ちゆったりとした口調で父が口を開いた。 しかしながら僅かながら低く落ちた声は如実に心境の変化を示している。 その声の差異は私や叔父くらいにしか判らぬ程度の些細な物ではあったが、 それでも十分曹操に影響を与えたようであった。 一方の子供は逆に余裕さえ滲ませた表情で……そう、笑みすら薄らと浮かべたまま心底蔑む様な眼で壇上へと眼を向ける。 「少なくとも私の方では有りませんな。 ……所詮は寒門の出、鼎の軽重を問うに忙しくてあまり礼を知らぬと見えまする。」 子供はしれっとした口調で、『お前は宦官の血筋を引く卑しい者だから、簒奪に執心ばかりして礼も知らないようだ。』と言い返した。 その言葉には、流石に父・曹操がはっきりと怒りを瞳に揺らめかした。 と言うのも曹操は、彼の父である曹嵩が宦官の養子になった為に、義理の祖父が宦官になった事を心底恥じていた。 故にその話題を出すのは、今や魏において禁忌の一つでもあったのだが、子供は臆面も無くその事を突いてみせたのである。 古から、宦官は道に外れた者として謗りと嘲りの対象となっていた。 それが如何に高位で権力を握っていた者であってもだ。 否、外道の者であると言うのに、正道を行く官達よりも上位にいて、時には国を滅ぼす要因になっていたから尚更である。 お陰で、その宦官の養子となった男は元より、子である曹操でさえも、その事で散々に屈辱を味わわされたと聞く。 (背は兎も角として)誇りは人並……否、他の人以上に高い父親にとって、その事実は人生最大の汚点と言っても過言では無い。 簒奪云々は曹操にとって一笑に伏せるかも知れぬが、流石にその言は見逃す訳にはいかないだろう。 ましてや言った相手が相手なだけに、余計難しい。 何故なら、『宦官の孫如きが』と言ったのは、古くから高官の地位に就く名門司馬家の出身だったからである。 聞けばその祖は周王朝から伝わる由緒正しき家柄らしく、漢王朝の今にあっても清流派として官を頂き、 加えて司馬家に名を連ねる一族の悉くが才に恵まれて栄えている。 大抵、生活に困窮した貧民がなる宦官とでは、出自は雲泥の差と言う訳だ。 そんな事を非の打ち所の無い、しかも年端も行かぬ子供に言われたのであれば怒りしか湧かなかろう。 見れば普段は温厚な叔父、夏侯惇ですらも腰に携えた獲物の柄を握り締めていた。 辛うじて自分を保ってはいるものの、父さえ許可すれば、その刃が子供を真っ二つにするだろうというのは明白であった。 それにしてもよくぞ文武百官に囲まれ……尚且漢王朝が有名無実化した中で有数の権力者たるあの曹操にこうも宣えたものである。 此だけで彼が凡人とは器が違うのだと思い知らせるには十分だ。 漸く楽しくなってきた、と自然口端が上がるのを抑えるのが難しい。 「っ貴様、殿に言いがかりをつけた上に侮辱するとは何事だ!!」 「子供だと思って黙っていれば……不敬罪であるぞ!!」 感心を覚えながら頷いていると、 漸く我に返った者達が……とは言えど先程より稍地位の高いだけの文官や血の気の多い武官だが……が口々に子供を責め立て始めた。 更には一人の武官が、怒りに思い余ったのか子供の前に躍り出る。 するとその蛮勇を援護するかの如く、周囲の雑音が増した。 ところが熱くなる大人とは逆に、子供の方はやはり毅然として何ら堪える様子もなく、 数を頼みとする臆病で喧しい大人達を明らかな嘲りをこめて鼻で笑って応えた。 「言いがかり? 況してや侮辱だと? ならば何故あの男は、私が蔑みに晒されているのに気付いていながら咎めだてもせぬ? 此を故意と言わずして何と言うのだ? 四方や天下の曹丞相がそこらの文官の口も止めれぬとでも言うまいな?」 子供は顎で曹操の方をしゃくり、明らかな嘲りをこめて鼻で笑った。 子供の正面に立つ相手は面白い程血相を変える。 その滑稽さに、くっ、と思わず喉で笑ってしまった。 無能とは言え如何にも屈強な大男が、容易く己の半分程度しか背が無い子供の挑発に乗るとは滑稽以外の何者でもないだろうに。 「此の童!! 先程から聞いておれば!!」 脅して黙らす為にか、それとも己も馬鹿にされた怒りの為にかいきり立った武官が刃を閃かせた。 戦場で憤怒するかの如く顔を紅潮させたその男の顔に、 何処かで見覚えが有る気がして記憶を探れば、確かあの男は父の信奉者の一人だったかと思い至る。 父の名誉の為には此処で彼を誅殺してしまったとしても躊躇わぬ男だ。 子供は言い終えて満足した様で、柄から剣先へ走った怜悧な光にも何ら言葉を返さない。 鼻先で光る美しい剣に、ただ眩しそうに目を細めていた。 例え僅かと言えど怯えを見せたり、非礼を詫びたりすればその刃を奮う事は無いだろう。 しかし子供は鋭利な刃と同じ位冷めた瞳で刀身と武官を見返し、嘲笑を深めただけであった。 そこには怯えなど欠片もない。 生を諦めたかの様に見えるが、少し厄介なモノを潜めさせているようだと感じる。 子供は横目で周囲を睥睨し、更に濃くなった侮蔑の色を覗かせたかと思いきや、その小さな唇を控えめに動かした。 周囲に聞かすつもりもないのか、極々小さい声で喋っているようだった。 その光景にある種の予感を感じて、思わず一つ足を進めていた。 視線は勿論、子供に据えたままで。 視線の先では幼子が笑みを深めているところであった。 同時に子供の前に立ちはだかる男の腕に力が込められて、鍛え上げられた筋肉が今にも打ちかからんばかりに盛り上がっていた。 余程強く柄を握り締めているらしく、小さく剣の切っ先が揺れていた。 にも関わらず、子供はあどけなささえ感じられる嘲笑を向けて、男を臆する事無く見上げている。 宵闇の両眼に宿っている色には、期待すらも込められているのが手に取る様に察せられ、私はまた一つ足を進めた。 人垣が前に迫ったが、構いはしない。 肩に手を掛けて押しのける。 肩を押し退けた最初の文官から、無礼な、と抗議の声が上がった。 それを一瞬だけ寄越した視線一つと、曹操の息子という顔で黙らせて道を開けさせる。 ――――――――子供は生かされて屈辱を受けるよりは、死んで曹操に報復をするつもりだ。 感覚的にそう悟った。 しかし父親は、男の行動を止める素振りすら見せない。 曹操は子供の表情を見ていない(見えていない)為に、 『悪行を重ねてきた中に、また一つ汚名が加わったとしても今更大した差はない。』と未だ思っているようだ。 それに『力が全て』のきらいの有る乱世に於いて、悪名を被る事は、彼にとって何でもない事、寧ろ避けられぬ事として、 若干の勲章のように思われているのかもしれない。 それに加えて、何の罪も無い徐州の民や、自分を匿ってくれた善良な知人一家を皆殺しにしていた前科に較べれば、 たかだか一人の子供を殺す事なぞ本当に些細な事だ。 取り立てて気にするまでも無いのであろう。 しかしながら。 もし元服も未だ終えてない子供を攫う様にして無理矢理召しだした挙句、その場で殺してしまったとしたら。 さて世間は仕方の無い事だ、と何とも思わないものだろうか。 ――――――――否、思わない筈が無い。 曹操にとっては、時期と相手が不味かった。 以前のように単なる一有力者である内は良かったのだが、今や曹操は、若く立場の弱い献帝を擁護する立場である。 出身も大して良くは無い曹操が、覇者となるのを事実上正当な物と在らしめているのはその一点のみ。 全くの品行方正であれ、とまでは言わぬが、ある程度人格者で在る実力者故に玉体をお守りしているのだとされねばならなかろう。 此処でまた問題を起こしたら、朝廷内外で燻る反曹操の者達を抑えるのに多大な労力を費やさねばならなくなる。 また更には曹操にとって厄介なのは、曹操を帝の保護者として認めている……つまり協力者であるのが清流派の名士達という点である。 何故それが厄介なのかと言うと、またしてもそれは子供の出自に由来している。 子供は荀ケを筆頭とする名門荀家や、陳羣を筆頭とする陳家と並ぶ名門司馬家の息子。 もし彼に何か在ったら……それこそ理不尽な理由で殺害されでもしたら彼ら清流派が黙ってはいまい。 仮令、実際に手を下したのが曹操では無く、勢い余った彼の部下がやったとしても、 結果的に曹操が自ら殺したのと何ら変わりは無いに違いなく、そうなったら最後間違いなく彼らは離反する。 乱世・朝廷内での曹操の立場を固めるのみならず、今や軍事・政治面に曹操の重要な人材となっている彼らが背いたのなら、 これほどの痛手は無いだろう。 万一、出奔、若しくは敵地にでも亡命されて仕官でもされたならば……厳しい事態になる事は想像に難くない。 「……賢い事だ。」 我知らず、ぽつりと零す。 視線を前に戻した先では、子供はまた口を開いている。 少し距離を縮めたお陰で、『子供も殺せぬ腰抜けか?』と怒りを煽っているのが唇の形から辛うじて見て取れた。 ……あぁやはり推測は正しかった。 二、三層に居た官を押し退けて、通路へと躍り出ながらそう思う。 彼は、命を奪おうとして鼻先から一旦退いて振り上げられていく凶器に、 どうして誰も気付かないのか不思議なくらいの、今までに無く嘲りを深めた表情を浮かべていたのだ。 愚かな周囲の人々へと、愚かな目の前の処刑人と、其の先にいる愚かな男へと。 振り下ろされる刃の速度と、曹操と曹魏への彼の企む呪詛の様な悪評を強めんとしてか、彼は哂っていた。 銀の光を放ちながら剣は頂上へと達し、今、将に空を切りながら、子供へと一直線に振り下ろされんとする。 切り裂かれるには、彼は何とも惜しい存在だというのに。 逸る足で地を蹴った。 終 - - - - - - - - - 暗き冷檻、一条の蒼。(ちまい視点) - 陋劣の箱、紫紺の瑛。後篇 - - - - - - - - - - - - - - - - 海彼一周年記念にUP。(単に記念フリー絵が間に合わなかっただけじゃ……。) 今度は丕様視点ですが、ちまい視点と較べて長くなってしまったので二分割。 まぁ、丕様にねっとりじっくりちまい観察して欲しかったので仕方な(切断) ……ちまいは自分でいっぱいいっぱいなのに対して、きっと丕様は冷静に観察する精神的余裕があったって事ですね。(にこ) 因みにタイトル前半は蒼さんに捻り出して貰いました。 後半も出して貰ったんだけど、どうしてもちまいと対にして色を入れたかったので差し替え。 (この後のソース見ると蒼さんver.後半が見れます。) ごめん、蒼さん! 太感謝了! 陋劣→心が狭くて、きたない。 瑛 →美しい透明な石。 20070716 海石 戻 |